将棋界を牽引する若き天才、藤井聡太七冠。その師匠である杉本昌隆八段が、“最強すぎる弟子”のエピソードをはじめ、楽しくトホホな日常を「週刊文春」で綴った大人気エッセイ集の第2弾『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』(文藝春秋)。

 その中の一篇「将棋と我が子」(2024年9月5日号)を転載する。

2児のパパでもある杉本昌隆八段 ©︎文藝春秋

(段位・肩書などは、誌面掲載時のものです)

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「子どもが将棋で強くならない」に「良かった」と言う心境

 夏休みももう終わり。今年も色々な場所で家族連れを見たが、子どもを思う親の気持ちは皆同じである。

 棋士も自宅では家庭人だ。だが、我が子に掛ける思いは世の中のお父さん達とは少し違う。

「最近、うちの子どもが将棋に凝っているけど全然強くならなくて……」

「ほう、それは良かったですねえ」

 こんな会話は棋士同士で結構ある。他所の子どもの話とは言え、強くならないのを良かったとはなんたる無礼? 実はこれ、多くの棋士の共通認識なのだ。

『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』 (杉本昌隆 著)

 もしも棋士の子どもが小学生で県代表クラスの強豪になったとする。きっとこう言うに違いない。

「僕もお父さんのように棋士になりたい」

 親の仕事に憧れる我が子を見るのは嬉しい。我が子の夢を応援したい親の気持ちも少しはある。だが将棋の棋士だけは別だ。10代前半で難関の奨励会に合格し、年齢制限の恐怖と戦いながら、厳しい三段リーグを突破しなければならない。

「そんな甘い世界じゃない。父さんは反対だ」

 思わずこう言ってしまいそう。あの苦しみを我が子には味わわせたくない、こう思う棋士は多い。だからこそ、趣味レベルの将棋の我が子を見ると、ホッと胸をなで下ろすのだ。