私の場合は、「しんどいのをとったほうがいい」が希望でした。まず訪問看護師さんに指示を出したあとで、ほかの家族である姉妹たちに事後の了解をとりました。

母の場合は、とくに血圧のさらなる低下をみることなく、この2つの座薬を入れてから身の置き所のなさが収まったようで、おとなしく横になるようになりました。早かった脈もおさまり、ラクになった様子にほっとしました。

とはいえ、最終末の段階です。病状がよくなったわけではありません。

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東京の妹2人には「そろそろ動けるように準備をしておいて」と伝えました。

「愛してんどー!」と見送った父の成長

8月15日、16日の2日間、意識はとぎれとぎれにはあって、話しかけるとうなずいたりはするものの、基本は眠ったままの状態でした。

この状態になると、いつ旅立っても不思議ではないことはわかっていました。8月17日午前。仕事中に訪問看護師さんからメールが入ります。

「手足が冷たく、冷や汗があり。お腹に尿がたくさん溜まっていて、お腹を押すと1リットルほど出ました。呼吸が浅く、もうあまり時間がないと思います。全体的にはラクそうなので何も薬は使わず、様子を見ます」

手足が冷たいのは、水分が足りず、手足に回る血流が保てていないからでしょう。

私は「尿を1リットル出すと、その刺激で血圧が下がるんじゃないのかな。それはそれでいいけれど」と思っていました。

先ほども書きましたが、「血圧が下がる」とは「心臓が止まる」と同様の意です。

この連絡が11時42分。そして12時15分。続けてサ高住の方から「呼吸が止まりました」と連絡が入ったのです。

ここでまず私が思ったのは、「やはり、尿がそこまで一気に出ると、血圧が下がるよね」です。

そして次の思いが、「これで母の体が苦しみから解放され、千の風になって旅立ったのだ」という安堵でした。

午後の仕事を完遂し、勤務終了時間より早めに職場を出て、サ高住に着いたのが15時30分ごろ。母の死亡診断をしました。