読み筋が異次元すぎる感想戦

 1時間後、両対局者が対局室に戻って感想戦が始まった。車移動で疲れているだろうし、時刻も午後7時を過ぎている。第7局も近いし、簡潔に終わるのではと私が言うと、「いや、あの二人だから1時間はやるんじゃないですか」と屋敷。その言葉通り、熱を帯びた検討が始まった。

 通常、負けた側が別の手を調べ、勝った側は気を使うものだが、この二人にそんな遠慮はない。藤井から「こっちでしたか」と別の手を調べ始める。永瀬は「基本つらいのか」と嘆きつつも、30分後には終盤までの確認が終わった。

終盤はどう指しても厳しかったようだ

 しばらく沈黙が流れ、これで終わりかなと思いきや、藤井が「さすがに△同歩はないですか?」と声をかけ、中盤で4筋の歩をぶつけた局面まで戻った。すると永瀬が「▲同桂に、あっ、歩かあ!」と声を上げた。なになに? わざと桂を跳ねさせ、銀桂交換を許しても後手の永瀬が指せていたというのか。読み筋が異次元すぎる。

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 2人の声が弾んでいく。やがて口頭での感想戦になり、いよいよ終わりかと思えば、今度は永瀬が序盤の話を振る。永瀬が仕掛けた後の研究手順が次々と披露される。顔には出さないが、驚く屋敷と私。

藤井の表情は柔らかかった

 以前、経済学の教授に感想戦について「なぜライバル同士で手の内を明かすのか」と聞かれたことがある。そのとき私はこう答えた。

「本当に大切な『企業秘密』を話すことはなく、序盤は飛ばすことが多い。ただ中盤以降は再現性がないから、形勢判断や読みを共有することは互いの財産になる」

 その教授には「なるほど、部分連合ですか」と納得してもらったのだが……。

 今の永瀬は、自らの研究手順を惜しみなく話している。なるほど、永瀬が9筋の端歩を突かなかったのは、変化手順で9四に角を打つためだったのか!と、私は感心しながら見ていた。

 それにしても、この2人の感想戦を含めて、これまで数多くの感想戦を見てきたが、こんな光景は初めてだ。永瀬が「どれも有力なんです」と嬉しそうに言い、藤井も笑顔で応じる。

永瀬はどこまで研究しているのか

 第5局の時はずっと表情が硬かった藤井だが、今日は柔らかい、いい笑顔だ。対局だけでなく、行事や免状への署名などの公務もこなす藤井にとって、いちばん楽しいひとときなのだろう。