父は定を遠縁に当たる横浜の稲葉という男のところに連れて行き、斡旋を頼んだ。彼の斡旋に始まる定のその後の遍歴を辿ると――。
横浜での「芸者」に始まって、富山、長野・飯田での「芸者」、大阪、名古屋、京都での「娼妓」、大阪での「女給」、神戸、大阪、東京、横浜での「高等売春婦」(予審調書での本人の表現は「高等淫売」。街娼ではなく、非公認の売春宿に所属した娼婦のことだろう)、商人や院外団の「妾」、名古屋の小料理屋での「女中」……。各地を転々としていたことが分かる。
定が“もう1人の男”大宮五郎(大宮校長)と知り合ったのは、名古屋の小料理屋で、実家を出てすぐの頃だった。大宮は定と関係を続けながら更生するよう繰り返し説得。「小料理屋をやらせるから、どこかで料理を修業しろ」と言われて働いたのが、定が愛し、殺した男、石田吉蔵の経営する「吉田屋」だった。
出会ったときからひかれ…
定は行き当たりばったりで生きた果てに吉蔵と出会った。「手記」では初めて出会ったときからひかれ、「生まれて初めて知った恋に身をやかれるようになって、夜もすがら眠れぬ幾夜が続くようになりました」と書いている。定はそれまで出会った男とは違うと繰り返し語っている。彼女には初めての真実の愛と思えたのだろう。逆にいえば、それまで知った男は、彼女を食いものにするだけの、ろくでもない男たちだったということか。
定が吉田屋で働き始めてから吉蔵と親しくなるのに時間はかからなかった。店の座敷で一緒にいるところを別の女中に見られ、外であいびきするようになる。その揚げ句の4月23日の家出だった。
予審調書のポイントは第6回尋問での定の供述だろう。「私が変態性欲者であるかどうかは、私の今までのことを調べてもらえばよく分かると思います。今までどんな男にも石田と同じようなことをしたわけではありません」「私のことは世間にあからさまになったため、面白半分に騒がれるようですが、女が好きな男のものを好くのは当たり前のことだと思います」「今度の私がやったようなことをしようと思う女は世間にいるに違いないのですが、ただ、しないだけのことだと思います」。これを変態とみるか、愛の極致と捉えるか――。



