営みの中で殺意が生まれて

「まさき」では、密室での吉蔵との性愛の営みの中で定に殺意が生まれ、自分の着物の細ひもで吉蔵の首を絞めて殺害。事前に買って隠してあった牛刀で局部を切り取り、傷つけたことは予審調書でも公判でも隠さず陳述した。

 ひもで首を絞めたのは2人の間の性技で、事件前日にも定がそうしたため、吉蔵の首や顔にひどく跡が残った。そして当日、連日連夜の“情痴”の疲れから吉蔵は眠そうにしていたが、「そのうち『お加代(吉田屋での定の名前)、俺が寝たらまた締めるだろうな』と言いました。私が『うん』と言いながらニヤリとすると、『締めるなら途中で手を放すなよ。後がとても苦しいから』と言いました」(予審調書)。吉蔵の言葉はどんな意味だったのか、事件の中で謎として残る部分だ。

「懐かしく思っております」

 定は「その時、私はこの人は殺されるのを望んでいるのかしらと、ふと思いましたが、そんなはずのないことはいろいろのことから分かりきっていましたから、もちろん冗談だとすぐ思い直しました」と述べている。しかし、5月22日付東朝掲載の「あの人も喜んでくれているでしょう」という供述を考えると、実際にそう思っていた可能性はあるのではないか。『どてら裁判』には、その「証拠品」が傍聴禁止の法廷で定に示されたときのことが書かれている。

ADVERTISEMENT

「被告人はこれを見てどう思っているか」と尋ねると「非常に懐かしく思っております」と答えた。

 同年12月8日の第2回公判で検察側は「石田は殺されるとは夢にも思っていなかった」と断定。定の性格を「強烈なる独占欲があり、これを満足せねばやまぬという衝動の持ち主である」「改悛の情さらに認められるべきものなく」として懲役10年を求刑した。

 公判に提出された村松常雄・東京帝大(現東大)医学部講師による定の精神鑑定=内村祐之・吉益脩夫他『日本の精神鑑定』(1973年)所収=は「生来性変質性性格異常が幼児よりの環境によりて甚だしく助長せられたるものにして、精神的及び身体的にヒステリー性特徴を呈し、かつ著しき性的過敏症(淫乱症)を有するものなり」とし、心神喪失や心神耗弱を否定した。

 東朝によれば、竹内金太郎弁護士が「自殺ほう助か過失致死として律するべきだ」と主張。「今はすっかり悔悟。本人は吉蔵さんの菩提を弔いたかろう。尼さんにでもなりたかろう」と述べると、被告席の定はさめざめと泣いたという。(つづく)

次の記事に続く 《愛した男の局部切断》「刑務所に結婚申し込みが400件以上」日本中を震撼させた殺人犯・阿部定(当時31歳)のその後

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。