「妖しくも色っぽい」定の姿

 これこそ全国民待望の大公判(?)だ。“お定の顔が見られる!”“お定の声が聞かれる!”。ただそれだけですっかり興奮をさらって、猟奇の極致を行った阿部定の妖しい魅惑が奇を好む群集心理に直射して未曽有の人気を呼んだが、それにしてもすさまじい。25日午前9時半開廷の予定というのに、その前夜7時ごろから詰め掛けた傍聴志願者は、妙齢の婦人も交えて霜降る夜を裁判所門前に頑張り、午前5時には早くも一般傍聴人150名の定員を突破してしまった。

 この勢いに驚いた裁判所では早速の機転で午前5時半、一般傍聴人を締め切って入場させてしまった。殺到する群衆をシャットアウトする鮮やかな遮断戦術で、いまだかつてないことだ。

「法律新聞」同年11月30日号は、開廷に先立って書記が傍聴人に「審理の過程で意外な質問、応答、または状態が発生するかもしれないが、決して笑ったり、拍手したりしてはいけない」などと「興奮禁止令」を発したと書いている。さらに同紙は法廷での定の姿を印象的に捉えている。

「油一滴、白粉一つつけていない、正真正銘の素顔だが、研ぎ上げたような柔らかな肌、豊かな黒髪を無造作に束ね、小首をかしげた姿は法廷を紅色に染めたかと思うほど、妖しくも色っぽい」。

「体は男なしではやっていけない」「そうです」

 東日と読売は裁判長と定の一問一答を詳しく記述。定は細谷裁判長に「芸妓には自分から好きでなったのか」と問われ「自分から好きではありませんでした。させられたのです」と答えた。さらに「どんな男が好きか」という尋問には「女に優しい男が好きです」と答え、「心中してもいいと思ったのは石田さん一人だけでした。でも、石田さんはそんな気がなかった」と言い切った。

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 大宮校長に更生するよう諭された際も「被告の体は男なしではやっていけないようになっていたのではないか」と言う裁判長に「そうです」と答え、東日は記事に「“お定イズム”披露」の見出しを付けた。

 吉蔵とのなれそめを述べ、いよいよ5月11日からの「まさき」での2人の行動について陳述が及ぶと、裁判長が「以後、風俗を害する恐れあり」として傍聴禁止を命令。

 その後は、「日が暮れて鈍いシャンデリアでは足りず、お定の立つ被告席の前には数本の裸ロウソクが立てられたが、愛戯の果て情人を殺す血なまぐさい場面に及んでは、妖艶の気が法廷を包み『あの時は愛着のあまり独占したい一念からあんなことを致しましたが、今では気の毒なことをしたと後悔しています。これからは一意石田の菩提を弔いたいと思います』と、しんみり女らしい心境を述べたと伝えられる」と26日付読売朝刊は報じた。