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部下に「死」を命じることはできないはずが…
防衛庁防衛研修所編の公刊戦史『戦史叢書』によると、唯一の懸案は、㊅(回天)や㊃(震洋)の場合は、命中前に搭乗員を海中に脱出させる方法を考慮する余地があった(実戦に当たっては断念された)のに対し、航空機による体当り攻撃ではそれが100パーセント不可能なことだった。
最初から人の死を前提にした戦法で、だからこそ軍令部も航空本部もそれまで採用をためらっていたのだ。
軍人が戦争で死ぬこと自体はやむを得ない。だが「死」はあくまで任務遂行の結果である。たとえ指揮官であっても部下に「死」を命じることはできない、というのが近代軍隊の常識だ。「決死」の作戦は許されるが「必死」の作戦は許されない。そのうえで、命令は実行可能なものでなければならない。
だが、回天が黒木博司中尉、仁科関夫少尉という若手士官が考案したものであったように、上から死を命じるのではなく、「現場の将兵が発案」した体当り兵器を「自ら乗っていくという熱意」に動かされ、やむにやまれず採用する、つまり下からの自然発生的な動きから始まったという流れになることは、「上層部」にとって好都合だった。
海軍は、大田がじっさいに「人間爆弾」に乗って死ぬことよりも、歴戦の搭乗員による「私が乗っていきます」という、開発の引き金を引く言質を必要としていたのではないだろうか。