長井 それで最後に絞め落とされて血を流しながら動けなくなったんですよ。そしたらその指示を出した先輩が、「てめえ、練習をサボりやがって!」って言いながらリングに上がってきて、俺をサッカーボールキックでボコボコにするっていう地獄絵図。

──動けなくなってから、さらにボコボコですか。

長井 しかも自分ではスパーリングをやらずに、後輩に無理やりやらせて。動けなくなってから蹴りまくるんだから、そりゃあ腹が立ちますよ。その時、心の中で「こいつ、俺がデビューしたら絶対に殺ってやる!」と思ってたんですけど、向こうはとっとと引退しちゃったんで、それが心残りですよ(笑)。

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よく生き残ったな、と思います

──UWFの道場っていうのは、誰が練習を仕切っていたんですか?

長井 前田さん、髙田(延彦)さん、山崎(一夫)さんは、それぞれスポーツジムと契約していたので、道場には毎日来る感じじゃなかったんです。藤原(喜明)さんも埼玉に住んでいて遠かったので、キックボクシングのジムに通われていて。だから毎日道場にいた先輩は船木さん、鈴木さん、宮戸さん、安生さんの4人で。誰がいちばん上というわけじゃないんですけど、安生さんは先頭切ってやるタイプじゃないし、宮戸さんもそうでもなかったので、やっぱり船木さん、鈴木さんが主導権握って練習してたのかな。そりゃ、荒れますよね(笑)。

 僕自身、よく生き残ったなと思いますもん。何回も辞めようと思いましたけど、「あと1週間だけ頑張ろう」「あともう1日だけ……」っていう感じでしたね。垣原くんと冨宅くんがいたから頑張って残ることができたのかなって。もしあの2人がいなかったら辞めてたと思うし、そう考えると同期がいなかった田村(潔司)さんはよく残れたなって思いますよ。

──だから田村さんも、すぐ下の後輩で亡くなられた堀口和郎さんや、開頭手術する大ケガで辞めた海老名保さんのことは、数カ月間一緒に厳しい新弟子時代を過ごした戦友として思い入れは強いみたいですね。