長井 そうでしょうね。僕も垣原くんと冨宅くんのことは戦友だと思ってますから。あの2人がいなかったら僕はもたなかったと思います。

選手生命を失いかねない「首の大ケガ」

──そんな苦しい新弟子生活のなかで、長井さんは首に大ケガを負ってしまうわけですね。

長井 そうですね。だから僕は新生UWFに最後まで在籍したもののデビューできないまま解散を迎えちゃったんです。

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──その首のケガは、誰かにやられたというわけじゃないんですよね?

長井 あれは不可抗力の事故です。田村さんとレスリングの練習をしていて、僕が飛行機投げにいった時に、それを防ごうとして腰を引いた田村さんの体が僕の首の上に乗っちゃったんですよ。それで5番目の頚椎が脱臼して後ろに飛び出ちゃって。第五頚椎脱臼骨折ですね。

──首の脱臼骨折とは大変なケガですよね。

長井 近年もプロレスで首をケガされてなかなか戻ってこれない方がいらっしゃいますけど、僕も一歩間違ったらそうなっていてもおかしくなかったので。手術をしてくれたお医者さんが言うには、脱臼の仕方と骨折の仕方がいいほうにいってたって。大ケガではあるんだけどケガの仕方が良かったと。

──ちょっとズレてたらアウトだったということですね。

長井 そのお医者さんは、「手術をしてリハビリを頑張れば必ず戻れるから」って励ましてくれてたんですよ。その後、リングスでデビューしたあと、そのお医者さんを訪ねて「おかげさまで、デビューすることができました」って挨拶に行ったら、「あの時は『手術してリハビリを頑張れば戻れるから』とは言ったけど、ホントに戻れるとは思ってなかったよ」って言われましたね。それぐらい悪かったみたいで。だから、あんな大ケガをしていながらこれだけ長くプロレスができているというのは、すごく運が良かったんだと思います。

──実際にUWF道場は練習中の事故で亡くなられた方もいるわけですしね。

長井 そうなんですよ。僕の前の代の堀口さんが亡くなられたのも聞いていたんで、僕も道場で人生が終わっちゃっていてもおかしくなかったなって。