バブル崩壊後の就職氷河期に。日興証券に入社した日野山大氏。集団の熱気が苦手で周囲と距離を置いていた研修中、深夜1時に酔った体育会系の同期から「何カッコつけとんねん」と胸ぐらをつかまれ、壁際に押し付けられる――。

 昭和の体育会系論理が支配する業界で生き残れるのか。新人証券マンを待ち受ける「運命の配属発表」と「鬼課長」のエピソードを、新刊『証券マンひりひり日記――日興証券25年、公益通報の果て、居場所を失い会社を去りました』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)

写真はイメージ ©getty

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まだイケイケだった証券会社

 入社前懇親会では、景気の良かった時代の名残りがまだ残っていた。かつては内定辞退を防ぐため、豪華な旅行や接待が行なわれていたらしい。景気後退期に入り、そこまでの余裕はなくなっていたとはいえ、先輩社員たちはどこか証券会社特有の勢いを漂わせていた。

「毎朝、日経平均と為替くらいは見とくようにしろよ」

 先輩社員は笑いながらそう言った。それでもせいぜいその程度で、入社前に外務員試験を取れなどとも言われなかった。

 私は相変わらずどこか他人事のように構えていたが、銀行員の父親だけは心配していた。本屋で経済入門書を何冊も買ってきて、「日経新聞はここを読むんや」と熱心に教えてくれた。私は生返事をするばかりで、株価欄も数字の羅列にしか見えなかった。自分がこれから証券マンになるという実感もほとんどなかった。