CMOとは、Chief Marketing Officerの略語。日本語に訳すなら、「最高マーケティング責任者」となる。
第1回の好評を受け、2020年12月10日(木)に開催された第2回「CMO Lounge」のテーマは、〈One to Oneマーケティング進化論〉。ビジネスにおける課題解決の鍵を握るさまざまな視点――データ、コミュニティ、データ分析、インサイト、ライフサイクル、組織変革――から、マーケティングの本質を考察するセッションが繰り広げられた。その模様をレポートする。
◆キーノートセッション/ポストコロナ時代のデジタルシフトとは?
名古屋商科大学ビジネススクール教授 牧田幸裕氏
ITベンダーやコンサルティング会社は言う。「デジタルトランスフォーメーション、いわゆるDXはこれまでのマーケティングや営業プロセスを破壊する」。しかしそんなことは起きない。過度にビビる必要はないし、過度に期待する必要もない。ただし、変化する部分に関しては、しっかりと見守っていかなければいけない。
特に注視すべきは、デジタルマーケティング。その好例として、米国で展開された完全無人のデジタル店舗 を取り上げたい。 この新型店舗は、日本においては店員がいないことやレジが設けられていないことばかりが話題になっているけれど、問題の本質はそこにはない。大事なのは、個々の消費者の行動把握。入り口の改札のようなところではスマホに表示された一人一人のIDを読み取り、店内ではその詳細な購買行動をカメラで追跡する。
そのデータを蓄積すれば、企業側はそれぞれの消費者の好みを深く理解し、次は彼らの心に響く的確な提案を行うことができるようになる。スティーヴン・スピルバーグ監督の『マイノリティ・リポート』という映画では、そんな未来が見事に予見されている。
デジタルというと、何かと数字の問題かと思われがちだが、最終的な目標は、消費者との間に絆を形成すること。One to Oneの関係を構築し、信頼を勝ち得ることがゴールなのだ。
◆ゲストセッション1/「ビールのある人生を作る会社」という価値転換
アサヒビール株式会社 専務取締役兼専務執行役員マーケティング本部長
東京2020オリンピック・パラリンピック本部長 松山一雄氏
アサヒビールは、売上におけるビール比率、業務用比率が多い。ゆえに、コロナ禍により、外食需要の激減、ハレの日やイベントにおけるビール需要の蒸発など、大打撃を受けた。
しかし、同社のマーケティングにおける真の課題はコロナ以前から存在した。それは、〈スーパードライの成功の呪縛を解く〉〈本物のお客さま志向を貫く〉の2点。
ここでは、ドラスティックな思考の転換が求められる。例えば、マーケターの側は、伝えたい想いはすべてしっかり顧客に伝えることが重要だと考えているが、顧客と商品とのタッチポイントにおける肝となる「真実の瞬間」は数秒から数十秒。勝負は一瞬でつく。
また、机上の市場セグメントではなく、実在する“n=1”の顧客の心にどれだけ深く刺さるかが大事。その際、態度を変容させる鍵は、インサイトとブランドパーパスにある。
主役は商品ではない。主役はお客さまなのだ。「スーパードライを味わう」のではなく、「スーパードライで(人生を)味わう」と考えるべき。ビールを作る会社から、ビールのあるいい人生を作る会社へとシフトすることが求められる。
現在、習慣的にお酒を飲むことのない成人人口が増えている。そのため、同社は新たに〈スマートドリンキング〉を提唱したばかり。飲む人も飲まない人も互いを尊重し合うことができる社会の実現を目指すこの活動に注力していきたい。
◆ゲストセッション2/ハローキティが体現する「普遍的な思いやり」
株式会社サンリオ CMOマーケティング本部長 木村真琴氏
顧客の頭にあるパーセプション、つまり認識において、複数のブランドは同質化してしまう。なぜその同質グループにいるのか、そこからいかに脱出するかを考えねばならない。
どのレベルまでいけば抜け出ることができるかといえば、神レベル。「神回」「神対応」という言葉が表すような突出した存在感を持った上で、共感してくれる消費者の多いマス向けであることが前提となる。決してニッチであってはいけない。
ハローキティは誰もが知る国民的キャラクターだが、そのブランドエクイティ、すなわち独占したい提供価値とは何か。それを知悉するために、ブランドマネージャーは徹底的に現場に足を運ぶ。この場合の現場は、例えばサンリオピューロランドがそれに当たる。
その結果分かったことは、キティは「普遍的な思いやり」を体現する者であるということ。笑顔で人と人をつないでいく。その普遍性は、時代も国境も超える。
以上のようにハローキティの提供を再定義した結論として、その戦う市場を再創造した。差別化の主戦場は、社会貢献市場。思いやりを最大限発揮することができる場所はここなのだ。ということで、キティはさまざまな地方自治体や企業のキャラクターを務めている。現在では、国連と協力し、持続可能な開発目標であるSDGsを推進する役割も担っている。
今後の課題は、単なる体験を上回る「イベントネス」の追求。リーチの数字だけで勘定することなく、サンリオに出会った一人一人に唯一無二の記憶を提供していきたい。
◆ディスカッション/デジタルが変える顧客へのアプローチ
ラストを飾ったのは、登壇者全員によるディスカッション。株式会社セールスフォース・ドットコム セールスエンジニアリング統括本部 デジタルマーケティング・ビジネスユニット執行役員の朴慶七氏をゲストに迎え、ここまでのセッションを踏まえたOne to Oneマーケティング談議が展開された。
株式会社セールスフォース・ドットコム セールスエンジニアリング統括本部
デジタルマーケティング・ビジネスユニット執行役員 朴 慶七氏
業種ごとの戦略の違いについて、鹿島建設、サトー、P&G、チバビジョンなどを渡り歩いてきたアサヒビールの松山氏はこう語る。
「例えばゼネコンとは違い、マスマーケティングを前提とするビールのような一般商品では、ターゲティングしてポジショニングしてというプロセスをしっかり踏む必要があった。それが今、デジタルツール(Salesforce Einsteinなど)を使うことによって、n=1がだいぶ見えるようになった。ただ、時代が変わっても、販売の現場に足を運ぶことはとても大事だと思う。大企業ならではの価値観のバイアスやフィルターを取り払い、お客様の気持ちと向き合っていきたい」
サンリオの木村氏は、消費者との絆のあり方について説明した。
「サンリオは、顧客とのエンゲージメントがめちゃくちゃ強い。ツイッターのアカウントは、弊社のキャラクターの場合、50万や60万のフォロワー数が当たり前。そこに、セールスに結びつくメッセージをうまくミックスさせていきたい。最近では、顧客IDをようやく整理することができた。サンリオショップにいらっしゃる方と、ピューロランドに来られる方のIDを統合したので、この基盤を発展させることが今の課題」
セールスフォースの朴氏は、27カ国1万2000名以上を対象として19年10月に行った自社の調査をベースとして、以下のように述べた。
「66%の消費者が、ブランドに対し、自分のニーズを理解してほしいと思っている。68%の消費者は、ブランドが自分に寄り添うことを望んでいる。コロナ下において揺れ動く消費者のマインドをきちんと捕捉することは、ブランドへの愛を向上させることにつながる」
また、「松山様が講演で触れた『真実の瞬間』の話の通り、ブランドを好きか嫌いになるのは一瞬で決まる。これをデジタルの力を使って様々なチャネルや行動から情報を収集してインサイトを得ることがビジネスの要になる。同時に真実の瞬間を逸した場合の危機感も併せて考える必要がある。
さまざまなチャネルを一つの線として、ストーリーとして捉え、分析をし、ブランドからアクションをしていくこと、これを可能にするのがデジタルマーケティングの役割。その結果、プロセスの進化と深化が実現できる」と述べた。
日々変化の続くマーケティング環境の中、最前線で仕事に取り組むプロフェッショナルが何を考えているのか。オーディエンスにとって、得るものの多いセッションとなった。
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2020年12月10日 文藝春秋にて開催
source : 文藝春秋 メディア事業局