今年8月3日、13時40分ごろのことである。気温が35.5度に達する屋外にもかかわらず、南池袋公園のテントに多くの人々が群がっている。人の流れは途切れず、ときにはテント前で行列ができることもある。

 現場には老若男女が集まっていたが、なかでも10~30代くらいの若い人の姿が目立った。ベビーカーに子どもを乗せた若い夫婦、デート中のカップル、友達同士で連れ立ってやってきている男子高校生――。なかには、ミニスカートのギャル風の女の子が1人で来ている例すらある。社会的な問題を訴える署名活動の場ではあまり多く見ない層の人たちだ。

テントに集まり、飯塚幸三氏の「厳罰」を求める大勢の署名者たち。筆者撮影

 いっぽう、テントの左後方には、憔悴した雰囲気の30代前半のワイシャツ姿の男性A氏が立ち、どこかのメディアの取材を受けていた。生真面目そうな性格を感じさせる顔の人物で、左手の薬指には結婚指輪をはめたままだ。

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 約4ヶ月前の4月19日、A氏は妻の松永真菜さん(当時31歳)と長女の莉子ちゃん(同3歳)を亡くした。元通産官僚で工業技術院の元院長である飯塚幸三氏(88)が運転するプリウスが、横断歩道をわたっていた母子に突っ込んだのだ。

 事故直後の報道では、飯塚氏の自動車は2つの交差点の赤信号を無視して150メートルにわたり暴走、通行人を次々とはねたとされる。『週刊文春』(2019年8月15・22日号)に掲載されたA氏の手記によれば、3歳の莉子ちゃんの身体の損傷が特に激しく、顔のおでこから下は正視に耐えない状態だったという。

「厳罰」署名は10万人以上

 そこで8月3日、池袋の公園でA氏らによっておこなわれたのが、飯塚幸三氏の「厳罰」を求める署名活動だった。「厳罰」の定義がそれほど明確に示されなかったにもかかわらず、関係者によれば1日で1万9000人が署名。郵送されたぶんも含めると、署名者はすでに10万人を越えたと見られ、今後さらに増える見込みだという。

 だが、飯塚氏が車で人をはねた事実は客観的に確定しており、警察の取り調べもおこなわれている。普通に考えれば、刑事的な手続きを経て法廷で然るべき処罰が下されるかと思える。

 そうした事件に対して、あえて加害者の「厳罰」を求める署名が呼びかけられ、それに10万人以上の強く賛同しているのはどういうわけか。そもそも、たとえ遺族感情が反映されたものだとしても、「厳罰」とはちょっと言葉が強すぎはしないか――。

妻子を失ったA氏、遺影を前に会見を行った