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 飯塚氏の場合、故意の殺傷行為ではないことや、京アニ事件などと異なり退院後の身柄拘束の可能性が低いと各社が判断したことが理由かもしれない。ただ、交通事故の加害者は、逮捕状の請求前の段階では「〇〇さん」や「○○運転手」と書く例も多い。しかし、飯塚氏の場合はなぜか「飯塚元院長」という不思議な呼称があえて使われているのである。

 世論の疑念を受けてか、讀賣新聞朝日新聞毎日新聞など主要各紙では「元院長」呼称の理由を説明する記事も出た。だが、やがて讀賣新聞は5月18日付けの飯塚氏の退院を報じる記事や、8月3日付けの署名活動を報じる記事などで「飯塚幸三容疑者」表記を採用するようになった。

 実は「飯塚幸三容疑者」という表記は、おこなっても別に問題がなかったのだ。

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6月13日、現場での実況見分に立ち会う飯塚幸三氏

入院中でも逮捕状が出る例も

 飯塚幸三氏が多くのメディアで「容疑者」と呼ばれない理由のひとつにもなっているのは、警察側が本人の年齢や事故後の入院などを勘案して「逃亡や証拠隠滅の可能性がない」と逮捕の必要性を認めなかったことだ。

 ただ、今年5月8日に滋賀県大津市で起きた交通事故では、保育園児の列に突っ込んだ車両と対向車両の運転手2人が現行犯逮捕(もらい事故であった前者は同日中に釈放)されている。通常、この手の交通事故では、なかば機械的に当事者が現行犯逮捕されるケースが多い。

 また、2012年4月に起きた関越道バス事故では、運転手自身が大ケガを負って入院したにもかかわらず、事故の当日に逮捕状が請求されている。京アニ事件の青葉容疑者も意識の回復前に逮捕状が請求された。入院中で逃亡や証拠隠滅の可能性がなくとも、逮捕やそれに準ずる措置はなされ得る。

8月3日の遺族A氏さんを中心とする署名会場には、さまざまな人が訪れていた

 いっぽう飯塚氏のケースでは、事故発生の直後に息子にみずから電話を掛け「人をいっぱい轢いちゃった」と状況を伝えたとされる。胸骨を骨折したとはいえ、人事不省の重体ではなかったようだ。現行犯逮捕や入院中の逮捕状請求がおこなわれなかったのはやはり不思議である。

 事故原因の説明も、当初は「アクセルが戻らなくなった」だったのが、事故1ヶ月後になってから「ブレーキがきかなかった」などと一変。車体に異常がないことが確認されたにもかかわらず、自身の責任を否認するようになった。高齢で逃亡の可能性はなくとも、彼が証拠を隠滅する可能性は本当にないと言えたのだろうか。

 逮捕をめぐる飯塚氏への処遇は、他の似たような事例に照らして考えればやはり不自然に思える。なお、逮捕令状を出す裁判所では「一般的に社会的地位が高い人間は、逃亡の恐れナシという判断を下します」(『週刊文春』2019年5月30日号)という。