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特集2019年上半期の「忘れられない言葉」

2019/08/17

「上級国民」の正体とはなにか

 そろそろ「上級国民」という今年上半期の流行語が持つ意味を明確に定義しておこう。

「上級国民」とは、日本の一般国民の間ではなんとなく容認されている、警察の逮捕やメディアの「容疑者」呼称報道といった社会的制裁の慣習から、可能な限り合法的に回避できる権益を持つ(ように見える)人を指す言葉である。

 もしくは、他の一般国民に対しては通常無視されがちなタテマエが遵守され、日本の国家体制や大手報道機関から本来の理念通りの人権をちゃんと保障してもらえる人を指すと言いかえてもいい。少なくとも飯塚幸三氏はこの定義には合致するだろう。

 加えて説明すれば、エスタブリッシュメントの世界ほど年功序列的な人脈関係が強固であるわが国の社会では、過去の豊かだった時代に資産や社会資源を蓄積していたり、レガシーな権力構造に近かったりする立場の高齢者ほど、「上級国民」になりやすいという特徴がある。

飯塚氏は中華民国(台湾)行政院科学技術部の国外顧問も務めている。写真は彼が1997年に出席した行政院第17回科学技術顧問会議の内容を伝える『行政院科技会報』WEB版記事

 これらの事情を踏まえれば、10万人以上の人が飯塚氏の「厳罰」を求めた現象――。特に署名の現場に、ごく普通の中高・大学生や小さな子どもを持つ20~30代の夫婦がかなり多く見られた現象の背景も理解できそうだ。

 もちろん、高齢で前科がない交通事故加害者は、たとえ死亡事故でも執行猶予がつく例が多いとされる。署名主催者の最大の目的は飯塚氏に重い実刑を求めることだろう。だが、うがった見方をするならば、あれだけ多くの普通の人が署名現場に向かった動機は、飯塚氏に対する「厳罰」以前に、そもそも「平等な罰」を求めていたからではないかとも思える。

 つまり、一般国民が同様の罪を犯した場合と同じように飯塚氏が刑事的に処理され(=たとえ高齢者でも普通に逮捕されて厳しく取り調べられ)、「容疑者」の呼称で報道されるという、社会的制裁が望まれたのではないかということだ。

 一般国民の感覚では自然に受け入れられている人権水準を、「上級国民」も甘受すべし――。こう書くとややグロテスクだが、昨今の世間のムードを考えればあながち外れた想像とも言えないのではないだろうか。