「そんなきれいなお嬢さんにゃ、出会わなかった……」
長吉爺さんは間もなく逮捕された。彼は頑強に犯行を否認していたが、その夜の3時間あまりのブランクにアリバイがたたなかったのを鋭く追究され苦しくなってとうとう留置1週間目で泥を吐いてしまった。長吉爺さんの自供による犯行はこうだった。
その日、長吉は親戚の葬式で横須賀へいって、いなかった。その夜7時半ころ帰宅して娘ふみ(28)から、きょう駅の裏山でとてもきれいなお嬢さんと良家の坊ちゃんらしい学生が心中し米さんたちが始末して法善院へ葬ったが、とても美しいお嬢さんで町中大評判である、ときかされた。長吉は娘の話を食入るようにきいていたが『そうかア』と力なく言ったまま黙りこくってしまった。長吉は思った、もう40年もこの仕事をしてきて何百という女の死体を手がけてきたがそんな町中の評判になるようなきれいなお嬢さんにゃ、出会わなかった……
『おいふみや、急に用を思い出した、ちょっくら出てくるよ!』といって彼は外へ出た。外には13日の月が煌々と冴え渡っていた。
「時のたつのも忘れて船小屋の中でその死体を愛撫した」
それから数刻の後、長吉はスコップを片手に法善院境内の新らしい1個の無縁塚の前に立っていた。と突如魔人にひょう変した長吉は、むしゃぶるようにその塚へ襲いかかって、スコップでモリモリ砂をはねのけていった。砂間に浅く埋められた墓穴からは間もなく白木の寝棺が見えてきた。スルスルと引ずり出した死体を傍らに置いて急いで墓穴を埋めて死体の傍へ戻ってきた長吉はまづ帯をほどいた。着物を脱がせた。長襦袢も肌着もはいでいった。そして腰部につけた最後の着衣も両脚の方からスルリと抜いた。そこに横たわっている一糸纏わぬ死美人は蒼白い月光を煌々と浴びて、恰も白蠟人形のように美しかった。
長吉は心のなかでつぶやいた。『そうだここは共同墓地だ、ほかの仏様たちにすまねえ……』あわてて死体を着物で覆いひょいと肩に乗せてテクテクと浜辺にある船小屋の方へ向って歩いていった。時のたつのも忘れて船小屋の中でその死体を愛撫した。だが死美人は硬直していて役にはたたなかった――。