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連載昭和の35大事件

2019/12/29

source : 文藝春秋 増刊号

genre : ニュース, 社会, 歴史, 政治, メディア

大磯には変死事件のレギュラーメンバーがいた

 2個の粗末な棺におさめられた2つの死体は、いつも変死体処理に従事している米さん、熊さんをはじめ4人の火葬場人夫にかつがれてたそがれの坂田山を静かに降りていった。相模湾にはもう漁火が点々と明滅している。

 私は何故かこの4人の火葬人夫の中に親分株橋本長吉爺さんのいないのが何となく物足りなかった。私にはあらゆる階層の友人がいた。大臣も知事もそして床屋の小父から火葬場の人夫に至るまで友人は実にピンからキリまであった。長吉爺さんもその一人であった。

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 爺さんはもう40年近くもこの町に住み、実直で義俠心が強く役場からも町民からも絶対的信頼をうけていた。いままでに数百個からの死体処理に従事しているので、ホトケさまの扱い方は上手なもので屍体にちょっと触れただけで死後の経過時間などピタリとあてて奉職の係官を感心させていた。またホトケさまの焼き方もうまいもので火入れ後そのままの姿勢の白骨を遺族に見せてよく自慢していた。

 私は深夜の変死現場で死者の見張りしている長吉爺さんから怪談をきいたこともあったし広田医師の差入れたコップ酒に酔って踊るカンカン踊りを見せられたこともあった。広田医師、K巡査部長、私、長吉爺さん、これが大磯に変死事件があると決って集るレギュラーメンバーであった。

北浜の海辺に近くの無縁墓地に埋葬された2人の棺

 葬列は無言のうちに降りていった。広田医師と私は少し遅れてこれについて降りた。するといままで黙々として歩いていた広田氏が突然こんなことをいった。

『御両人もって瞑すべしさ、アハハ……』

 広田氏は産婦人科医であるし数知れぬ女の自殺者を扱ってきている専門医である。若き今日の情死者、その2人だけしか知らぬ秘密、広田医師はそれをちゃんと識っていた。しかも昨夜の最後を惜しんだそれまでも……

『だから僕は遠慮して後から降りてゆくのさ一緒だと2人が恥かしがるだろうからね』

 彼は私の方を見てこういって笑った。やがて山を降りた2個の棺は北浜の海辺に近い法善院という無住の寺の無縁墓地に葬られた。

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