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およそ160万人ものモスクワ市民が影響を受ける

 まず、住民は同じ場所に住むことはできず、市が指定する建物に入居しなければならない。当初の法律では、引っ越し先は同じ区内の徒歩圏で、同等の資産価値評価の建物へという条件だったが、改正後はモスクワ市内とは言えないほど郊外になるケースも認め、かつ住居面積は同じ。つまり郊外へ行く分、資産価値は激減してしまう。高層住宅に何百世帯が住むことになり、学校や病院、買い物など周辺開発は未定のまま。およそ160万人もの市民が影響を受けると言い、住民たちは引っ越し先の場所さえ知らされない状態で、5月から6月にかけて住民投票に参加させられた。住民投票はアパート単位の投票で3分の2以上の賛成があればプログラムに参加することとなり、建物は解体となる。逆に上回らなければプログラムから離脱することができる。

計画初期の一部の建物はすでに解体工事が始まっている ©getty

 生活の基盤が根底から覆されるとあって、モスクワでは蜂の巣をつついたような大反対の声が沸き起こった。反対派のデモでは3万人以上が集い、「取り壊し反対!」「私たちのアパートから手を引け!」などのプラカードを掲げ、「ソビャーニンはやめろ!」と声を上げた。

デモでは親子連れも多かった。「どうして家を壊すの? ぼくは反対!」と男の子

半ば強制的に移住させる社会主義的なやり方

 デモ参加者の声に耳を傾けると、「建物は古いが改修すればまだ十分住めるものばかり。なぜ解体なのか」「中心部へのアクセスもいいし緑も豊かで、この住環境を手放したくない。低層ならではの安心感もある」「子どもを今の学校から転校させたくない」「生まれ育った場所、住み慣れた場所にこのまま居続けたい」といった意見が実に多く聞かれた。しかし、そうした市民の声を取り上げるメディアは少なく、連日報道されるのは賛成派に有利なものばかりだ。

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 市が該当する建物の条件を広げることで今後さらに増えていくという見方もある。というのも、建物の老朽化は表向きの口実で、都市整備の名の下に地価の高い中心部から住民を追い出し、空いた土地を市が活用したい思惑があるからだ。

「だまされやすい馬鹿が多けりゃ、人生ちょろいもんだ」という意味のプラカードで市政を揶揄

 市が助成金を出すことにより住民が個々で自由に住み替えたり、希望する住民には建て替え後の建物に入居する権利を与えたりといった選択肢はない。住民を十把一絡げに半ば強制的に移住させる社会主義的なやり方。モスクワの街並み以前に行政こそが旧態然としているのではないか。

 プーチン大統領をはじめ政治家の多くは「住民の意思を尊重し、住民投票という民主的なプロセスを経て計画を進める」とのコメントを出して火消しに回ったが、問題は行政で、あまりにも不透明でブラックボックス化している。

デモでは各自が思い思い考えた文言のプラカードを掲げる。仮装でアピールする人も