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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/03/29

盛山 どうする? 今からぶち切れて漫才するか?ってなりましたね。ツッコミはみんな芸風変えなあかんのかなという思いにはなったと思います。

――松本さんにそう言われ、ツッコミの屋敷(裕政)さんが「最悪や!」って叫んだとき、舞台裏は、少なからず緊張感が走ったのですか。

リリー いや、めちゃくちゃ笑ってました。

盛山 あれでお客さんが温かくなったというか、ほぐれた感じしましたもんね。こんな感じで笑えばええんやという雰囲気になった。

 

――私も当日会場にいたのですが、なごむ一方で、屋敷さんがキレているのが本気なのかボケなのかちょっとわからなくて、しかも松本さんの話を遮断する形で叫んだので、ヒヤリともしました。

盛山 100パー、ボケです。芸人には、わかるんですよ。ただ、ネットとかでは一部、「失礼や」みたいに誤解されている人たちがいたようですね。松本さんも、そこはわかっていたはずです。

1組目で出場したニューヨーク。ツッコミ屋敷裕政の「最悪や!」発言で話題になった ©M-1グランプリ事務局

テレビに映ったらあかん人間の表情していた

――すゑひろがりずのあと5番手でからし蓮根が登場し、折り返しに入りました。6番目のクジのときは、そろそろ……みたいな感じでしたか?

リリー そろそろ来いと思っていましたね。

――見取り図の名前が出たとき、リリーさんは軽く右腕を突き上げていましたもんね。

リリー 上げたかな……。もう記憶にないですね。あのときは普通の精神状態ではないので。

――登場VTR、いわゆる「あおり映像」が場内に流れているとき、2人の若き頃の写真が出て、今と違ってあまりにワイルドな風貌なので、会場がドッと沸きました。あれは知っていたのですか?

盛山 いや、知らなかったです。あの写真を使われるとは……。あれ、エグいですよ。テレビに映ったらあかん人間の表情していた時代のものですから。

 

リリー あれは僕らが初めてM-1に出た年、2006年ぐらいの写真だと思います。

――インディアンスのときも昔の写真が流れてドッとなってましたけど、どういう意図があったんでしょうね。

盛山 おもしろがってやったんでしょうね。普通の写真も当然、あるわけですから。けど、あの写真は、ネタの最初でいじらなあかんレベルですからね。「あんな時期もあったんですけど」って。

リリー 写真のインパクトが強過ぎましたね。

――なるほど。ネタに影響しかねないですもんね。

盛山 そうですね。あれは正直、ちょっと困りました。

(【続き】「お前らもようやったで」M-1で見取り図がミルクボーイに負けたとき 勇気づけた先輩芸人とは を読む)

写真=山元茂樹

見取り図/盛山晋太郎(ツッコミ担当)とリリー(ボケ担当)のコンビ。盛山は1986年1月9日大阪府出身。リリーは1984年6月2日岡山県出身。大阪NSC29期の同期で2007年結成。2018年オールザッツ漫才ネタバトル優勝。

M-1では09年、17年に準決勝進出、18年に初の決勝で9位。19年、2度目の決勝で5位に。

YouTubeで見取り図ディスカバリーチャンネル更新中(https://www.youtube.com/channel/UCkhPBkw9YwfvyMABLvsCIXg )

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