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わたしの「神回」

2020/05/02

次第に冷え込んでいった多幸感

 そんなふうに急速に黒バスに萌え狂った私にとって、2012年はそのまま、とても楽しく、浪費しまくる年になるはずだった。黒バスは原作がすでに人気ジャンルになっていたから、週末には黒バスに特化した同人誌即売会(オンリーイベント)も何度か開催されていたし、11月には公式が開催する「ジャンプフェスタ」のステージイベントや物販、そして何より12月には冬コミの開催があった。コミケの申し込み日程はかなり前倒しなので、8月の夏コミではまだそこまでサークルは多くなく、アニメが盛り上がっているタイミングで申し込みができる冬コミが、ジャンルとしての隆盛を楽しむ一番の場になるはずだった。pixivを巡回し、オンリーに足を運んで、Twitterをフォローして、自分好みの神作家リストを作っていった。

©iStock.com

 多幸感が次第に冷え込んでいったのは、2012年10月のことだ。原作者・藤巻忠俊先生の母校・上智大学で、彼を中傷する文書と危険物が発見されたのを皮切りに、東京ビッグサイトや即売会の運営会社、アニメやグッズの関連企業などに、次々と脅迫状が届いていった。ネットの匿名掲示板には、犯人と思しき「喪服の死神」と名乗る人物が書き込みを行い、マスコミからは様々な犯人像を分析する記事もたくさん出された。

 ちょっと怖いけど、ネットの書き込みログもあるわけだし犯人はすぐに逮捕されるだろう、という安易な予想は大きく裏切られた。まずオンリーイベントが中止になりだした。「ジャンプフェスタ」で、その年の目玉だったに違いない、黒バスの物販・ステージが中止になった。これだけ世間に注目され、企業への打撃も出ているのだから、さすがに年内には解決するのではないだろうか……という願いもやはり裏切られた。

筆者撮影

 12月8日、コミックマーケット準備会が「コミックマーケット83における『黒子のバスケ』サークル・頒布物対応に関する緊急のお知らせ」という文書を公開した。対応を協議していたが、警察・会場からの非常に強い要請を受け、黒バスサークルの参加見合わせ・頒布中止をお願いするという内容だった。サークル数は約900。この日に参加するサークルの約8%に当たる規模だった。参加予定だったサークルのみなさんが次々に不参加を表明し、黒バス界隈はいよいよ、やりきれない悲しみの空気を抱えることになった。準備会がぎりぎりまで悩んだのはわかるし、彼らの決定は妥当なものだったが、黒バスサークルだけが参加中止で、他の人たちはそれを横目に見ながらも当日の準備や告知を進めているのが、なおさら辛かった。

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