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ノーベル賞受賞 「アインシュタインの宿題」を解いたキップ・ソーンとは何者か?

あのホーキングにも「勝った」男

2017/09/26
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ホーキングに勝って『ペントハウス』1年分をゲット

 この重力波の研究、そして発見をめぐって、大きな役割を果たし、ノーベル物理学賞受賞の候補といわれているのが、理論物理学のキップ・ソーン(Kip Thorne)である。

 ソーンは1940年に米国で生まれ、現在77歳。名門のカリフォルニア工科大学で学び、重力の研究など、理論物理学の分野で大きな功績を残し続けている。

 かの有名な理論物理学者であるスティーヴン・ホーキングや、かつて科学番組『COSMOS』の解説者を務めたことで知られる天文学者、故カール・セーガンとも長らくの友人でもある。とくにホーキングとは、ブラックホールの存在の有無をめぐって賭けをし、存在するほうに賭けていたソーンが勝ち、雑誌『ペントハウス』1年分を贈られたというエピソードももつ。もっとも、その大量の男性誌は妻に見つかってしまい、大目玉を食らったという。

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キップ・ソーン(左)とホーキング(中央) ©getty

 彼はまた、自身の研究や科学の魅力を広く世間に伝えるエンターテイナーでもあり、映画『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督、2014年)の製作総指揮にも名を連ね、製作に尽力した。たとえば作品の中で、主人公の自宅にある本棚から本が勝手に落ちるポルターガイストのような現象が起き、それが物語の大きな鍵を握ることになるが、この本を落とした現象こそ、重力波によるものという設定だった。

 また、登場人物らは劇中、現実には不可能と考えられている超光速飛行を行うが、その方法や描き方もソーンのアイディアによるものだった。当初ノーラン監督は正確さへのこだわりから「超光速飛行は不可能だから描けない」と悩んでいたが、ソーンが熱心に説明し、納得させたのだという。

『インターステラー』ではこのほかにも、さまざまな荒唐無稽に思える出来事や息を飲む宇宙の光景が描かれているが、そのほとんどにソーンによる科学的な裏付けがなされている。もちろん映画的な誇張はあるものの、その正確さは折り紙つきで、ソーン以外の多くの科学者も絶賛し、さらに映画の映像をもとに論文が書かれたほどだった。

「ビッグ・サイエンス」の分野で、たびたび問題になること

 ところで、重力波の発見は世紀の大成果であるにもかかわらず、実はノーベル賞が与えられない可能性もある。

 というのも、ノーベル賞は存命の人物にしか与えられないばかりか、団体にも贈られることがある平和賞とは違い、物理学賞などは1回に受賞できる人数が3人までと決められているためである。

時空の歪みが波のように伝わる「重力波」のイメージ ©NASA

 ソーンはたしかに重力波の発見で大きな役割を果たしたものの、重力波の研究をしていたのは彼だけではないので、選考委員からノーベル賞の受賞に値する代表者としてみなされるかどうかはわからない。さらに、LIGOのような重力波望遠鏡がなければ発見できなかった以上、その設計や開発、運用に尽力した工学者や技術者も、ソーンと同じくらいの受賞候補として名が挙がることになるだろう。

 つまり受賞対象者が多すぎるため、そこからたった3人だけを選出することが難しいのである。

 重力波の発見は、たしかにノーベル賞“級”の大成果ではあるものの、実際にノーベル賞が与えられるかどうかはまた別問題なのである。

 これは重力波だけでなく、多くの人が研究に参加し、多額の予算を費やし、そして観測に使う装置が大掛かりなものになる、いわゆる「ビッグ・サイエンス」の分野では、たびたび問題になることである。