【横浜電話】名を治療に借り、同女(六女)を〇〇せんと企て、同女が良家の子女にして性的知識に乏しく、かつ被告人に対し多大の信頼をなしおるに対し、同(1922)年11月下旬、同女に対し「〇〇糜爛(びらん=ただれる)しおり、胸部の疾患に影響する恐れあるをもって、これを治し、兼ねて月経を順調ならしむるため〇〇に座薬を挿入する必要あり」と偽言し、同女をして、全然懐妊の(可能性があるという)事実を知らしめず、ついに治療のため座薬を挿入するものなりと誤信せしめ、もって抗拒不能ならしめたるうえ、被告人方治療室においてひそかに同女を〇〇し、爾来(じらい=それ以来)犯意継続し、同年12月下旬に至るまでの間、3回にわたり同所において同様の手段をもって同様抗拒不能たらしめたるうえ、引き続き同女を〇〇した。
「抗拒不能」とは身体的・心理的に抵抗することが著しく困難な状態のこと。判断は当然と思える。読売は裁判長にも取材した記事も載せているが、かなり雲行きが変わっている。
【横浜電話】大野博士に対し懲役8年の言い渡しをし、にわかに名判決として法曹界から好評を博している横浜地方裁判所裁判長・新保勘解人氏は、本件に対して、性的犯行に関する判例その他、イギリス、ドイツ、フランスなど各国の参考書もひもといて子細に研究を重ねた。ことに被害者の喚問に際しても、その慧眼(けいがん=優れた眼力)をもって精細な尋問を試みたというが、昨日、往訪の記者に大要次のように語った。
「被告の陳述では、被害者が暗黙のうちに承諾したように申し立てていることと、被害者が通常の一般常識から考えて当然知らなければならないこと(を知らない)ため、少女に性交に対する知識がどのくらいの程度まであるか」
「随分研究もし、かつ事実問題として綿密な取り調べをした。要するに、絶大な信用のある大野医師を信頼し、全く座薬を挿入すると誤信したもので、我が国の刑法の解釈としては、これを有罪とするのに異論を挟む余地があるところだ」
「堕胎の点は、犯跡を覆おうとしたもので、その目的において治療行為と目すべきでもない」
それから1カ月もたたない9月1日、関東大震災が…
大筋で妥当な判断だと思われるが、被告側はすぐ控訴した。以後、関連のニュースは扱いが小さくなるが、同年8月16日付読売は六女の縁談を社会面トップで大きく扱った。源氏の流れを引く子爵家の27歳の実業家と六女の間に縁談が進行中という内容で、実業家の写真も載せている。
ところが、別項記事で父親の小倉鎮之助は「全然知らない」と否定した。見出しも「話はあつても拒絶サ 遠い将来には結婚しや(よ)うが 持参金を出す程弱味はない」。記事は「子爵家はあまり富んでいないようである」と書き、鎮之助の話に持参金は20万円(現在の約3億3000万円)とある。金目当てで父親も知らない縁談の記事を社会面トップにするか、とあきれる。
それから1カ月もたたない9月1日、横浜も含めた広大な地域が関東大震災に襲われる。そして年が明けた1924(大正13)年。まだ混乱が続く中、大野博士の消息は1月24日付読売朝刊に登場する。