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連載大正事件史

首と足を切り取られた胴体だけの死体がトランクに…信濃川で発見された日本犯罪史上初のバラバラ殺人

「鈴辨殺し」#1

2022/06/12
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紙面に不審な伏せ字が…

 それにしても、動かした金が巨額なのに驚く。犯行に至る経緯や犯行の内容は資料によって異なるが、ここはひとまず東日号外を見よう。「野球の棒(バット)で撲殺し 懐中の五萬(万)円を奪つ(っ)て 手足を切放つ 首と胴を〇〇〇〇に押込み 新潟地方某所に遺棄す」という長い中見出しに続いて犯行の模様が語られる。

 憲は鈴木の来訪を聞くと自ら玄関に出て非常に快く2階の応接間に通し、約30分にわたって人を避けて密談していたが、憲の言うことと手紙の文面が違っていたため、ついに口論になった揚げ句、組み打ちになった。物音に階下にいた憲方の同居人、農学士・渡邊惣藏(24)=昨年7月、東大農科卒業=が2階に駆け上がり、2人の状態を見て憲に助力。そこにあった野球のバット(憲は大の野球好き)で鈴木をめったやたらに殴打し、2人で力合わせて鈴木を撲殺するとともに懐中の現金5万円を奪った。憲と渡邊は死体の始末に困り、相談のうえ鈴木の手足を切断。かつて海外に携帯した「K.Yamada」とローマ字で署名した〇〇〇〇の底と縫い目をロウで堅く固め、鮮血が外に漏れないようにして、手足のない鈴木の死体を押し込めた。

 読んでいて不審に思うのは「〇〇〇〇」の4文字。事件の概要を知っている者にはすぐ「トランク」だと分かるが、なぜ伏字にしたのか。憲の読みは「けん」ではなく「あきら」で、トランクの署名は「A.Yamada」だったとする資料もある。そして、記述は死体遺棄の場面に移る。

バラバラ遺体を詰めたトランク(「明治・大正・昭和歴史資料全集犯罪篇下巻」より)

「死体入りの〇〇〇〇」を携えて汽車に乗り…

 この犯跡を永遠に秘密にしようと、憲は自分のいとこである麻布網代町210、白米商・山田庄平(38)を呼び、事情を明かして3人共謀。5万円から8000円(現在の約1200万円)を抜き出して3人の旅費として分配。残りの4万2000円は自宅の便所下に隠した。それから3人連れ立って死体入りの〇〇〇〇と、切り離した手足を携えて自宅を出発。手足は品川付近の共同便所の中に遺棄し、〇〇〇〇だけを持って品川駅から汽車に乗り、迂回して越後長岡駅に到着した。そこから船で〇〇〇に行き、携えた〇〇〇〇を投入、遺棄した。3人はそれから手分けして青森その他奥州方面に行き、横浜にある鈴木商店宛てに、あたかも鈴木自身が打電したように電報を打ち、それで犯罪の跡をくらまそうとした(一説には、手足は別の〇〇〇〇に詰め、胴体とともに投入したという)。

トランクを投棄した場所(時事新報)

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 実際には、記事末尾に「一説には」とある通り、脚は別のトランクに入れ、胴体のトランクと一緒に遺棄している。ここでは、死体遺棄を3人で行ったという点が大きな誤り。胴体の遺棄場所も「〇〇〇」と伏せている。記事のネタ元が刑事ら警察関係者であることは明らかだが、「犯人しか知らない事実」として公判維持のために配慮したということか……。