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連載大正事件史

「彼のごときは速やかに葬らなければならない」“資産15億4000万の男”をバラバラにしたエリート官僚の“義憤”

「鈴辨殺し」#2

2022/06/12

 日本犯罪史上初のバラバラ殺人事件とされる「鈴辨殺し」。新潟・信濃川で、トランクに入れられた胴体だけの死体が発見されたこの事件の全貌は、エリート官僚である「犯人」山田憲と「共犯者」2人の取り調べから次第に明らかになっていった。

公判控え席での、左から山田憲、渡邊惣蔵、山田庄平(「明治・大正・昭和歴史資料全集犯罪篇下巻」より)

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「『立派なトランクだ』と言って手を触れると、『誰だ、触ってはならぬ』と大声で𠮟り飛ばした」

 バラバラ死体発見以後、ここまでに至る初動捜査の流れを「新潟県警察史」で見てみよう。

 (新潟県警)捜査本部はこの事件の見通しとして、着衣などから被害者は関東方面に住み、相当裕福な生活をしている者であること、死体はトランクに詰めて信越線で輸送し、来迎寺、宮内、長岡のいずれかの駅から信濃川へ運んで捨てたものであること、と推定し、刑事の大活動が開始された。

 この捜査方針は見事に的中して、続々と有力な情報が入ってきた。同月(6月)2日午後8時30分上野駅発新潟行き急行列車が3日午前6時55分、長岡駅に着くと、同列車の一等寝台車から2人の紳士が2個の大トランクを持って下車。赤帽を呼んで「この中には高価なガラス製品が入っているから、取り扱いには注意しろ」と言って改札口まで運搬させた。そこからは3人の構内車夫を雇い、1台にはトランクを積み、他の2台に一人ずつ乗って西長岡駅前の柳屋という茶屋まで行った。2人はトランクを柳屋に運び入れて飲酒していたが、言葉や挙動に不審な点があり、ことに西長岡駅長がブラリと同店に来て「立派なトランクだ」と言って手を触れると、「誰だ、触ってはならぬ」と大声で𠮟り飛ばした。

トランクを持ち込んだ長岡の「柳屋」(時事新報)

 いかにも怪しい。人の動きが少ない当時の地方であれば、目立って記憶に残るのは当然だ。

2個のトランクと2人を舟に乗せ、人目を避けながら川へ漕ぎ出し…

 1人はトランクの見張りに当たり、他の1人はかつて山田憲が長岡中学校在学中に下宿していた中島(町)の船頭、高野久蔵を訪ねて依頼し、高野の妻子によってトランクは同人の家に運ばれた。2人は午後4時ごろ、高野の家に行き、同人の帰宅を待って山田からの手紙を渡した。その手紙には「この荷物は極めて秘密を要する物であるから、船で郷里中條の自宅へ送って下さい」とあった。高野は、自分の子どものように思っている山田の頼みであるから、何の疑問も持たずに承知し、3日午後7時ごろ、2個のトランクと2人を舟に乗せ、人目を避けながら信濃川へ漕ぎ出した。2人は舟の途中で2個のトランクにおもりを付けたうえ、信濃川に投げ込み、直ちに帰京したのである。

鈴辨の店舗とトランクを投げ込んだ信濃川(國民新聞)

「警視庁史 大正編」によれば、高野には口止め料5円(現在の約8000円)が渡された。2人は与板町に上陸して姿を消したという。その中に山田憲がいなかったことは高野久蔵の話で分かったが、新潟県警察部は、山田憲の依頼があったということから、何らかの関係があるに違いないと判断。山田憲の身柄確保を電報で警視庁に依頼した。