佐藤 奨励会を辞めたあとで将棋界に関わってくれるひとも結構いるんですけれど、もちろん表層上は朗らかに関わってくれるわけですけれど、そこにドラマがないはずがなくて。爽やかに受け入れられるひともいるんでしょうけれど、いろいろ考えられるひともいるでしょうし。そこでプロの側が、将棋の強さが基軸となる世界観を持ち続けて、辞めた彼らもそこに包摂するような形で接してしまうと、やっぱりプロになったひと・なれなかったひとという側面が強調されると思うんですよね。だから、そこは本当に別の世界に生きるひととして接するのが大前提だと思います。
その上で、そのひとがいろいろな葛藤を乗り越えて将棋の世界に関わってくれるんだったら、やっぱりこちらは友達としてい続けようというところがあります。
相手のバックボーンは理解して接さないといけない
綾崎 三級で退会したひとと三段で退会したひとだと、おそらく情念が違うのかなとも思います。
佐藤 違うでしょうね。直前まで行ったひととそうじゃないひとって。
綾崎 僕は小説家になって13年目なんですけど、僕が受賞した新人賞は日本で一番応募総数が多い新人賞だったので、同期だけでもう十何人もデビューしているんです。最初のころはみんなすごく仲がよかったけれど、どうしてもやっぱり書き続けているひとと書き続けていないひとが出てきて。でもすごく仲良くなっている子は自分からするといまも友達なんですよ。
別に作家かそうじゃないかは関係なく、友達だからっていう気持ちなんだけれど、やっぱりちょっとずつみんな距離を置いていこうとするのがすごい寂しいなと思って。そこは友情と関係ない気がするなっていう気持ちは自分のなかではあるんだけれど、でもそれっていまも作家でい続けている側の僕が言うことでは多分ないんですね。
『ぼくらに嘘がひとつだけ』にも、棋士になれたひととなれなかったひとが出てくるので、片方だけがなれたときにどうなるのかなと思うところがあって、実際に棋士になってしかも名人にまでなられた天彦さんは当時の友達とどうなのかなっていうのは聞いてみたかったんです。
佐藤 仲良く接しているひとも全然います。でもその相手のバックボーンはやはり理解して接さないといけないなとは思います。
三段リーグの次点を2回獲得したが、フリークラスに入らなかった
綾崎 天彦さんが奨励会の三段のときに大きな出来事がありました。もうさんざん聞かれていることだと思いますが、やっぱりフリークラスの権利を行使しないっていうのは想像できないなと思ってしまって。当時、天彦さんはそのままフリークラスに入ろうとしてたところを師匠の中田功先生に言われて、考えが変わったという感じだったんですか?
佐藤 三段リーグというのは半年に1回行われるリーグ戦で、上位2人がプロになれるんです。3位に入ったひとは「次点」が与えられ、次点を2回取るとフリークラスという特別クラスみたいなところに入ってプロになることができるんですね。フリークラスはA級からC級2組まである順位戦という枠内には入れないんですが、プロにはなれると。
僕は16歳のときに次点を2回取り、その権利を取得したんです。結論から言うとそれを行使せずに、プロにならずに奨励会で戦い続けたという話です。