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「この成績でプロになるのは…」佐藤天彦九段が公開取材で明かした“奨励会員の本音”とは

「この成績でプロになるのは…」佐藤天彦九段が公開取材で明かした“奨励会員の本音”とは

小説家・綾崎隼さんが聞く「将棋を取り巻くドラマ」のすべて

note

佐藤 僕がその権利を行使してフリークラスでプロになるかならないかということを考えたときに、まず奨励会の年齢制限が26歳までということが頭にありました。そのとき16歳でしたから、あと10年でC級2組に上がらないと、フリークラスでプロになったとしても結局引退になるんです。だから、10年でC級2組に行かないといけないというのはフリークラスでプロになってもならなくても変わらないということなんです。

 

「最善を尽くす」という気持ちで戦った上での結果だった

佐藤 ただ、もちろんプロになれば対局することでお金がもらえますし、順位戦以外のプロが参加できる棋戦は基本的にはすべて出られますから、名人以外のタイトルはすべて可能性があるということで、多大なメリットがあるわけです。

 ですが、10年でC級2組に行かないといけないというのはフリークラスでプロになっても変わらないというところがあったのと、それプラス自分のなかでの基準みたいなものもあって。三段からどういうふうに上がれば自分はプロとして自己認識的にも認められるのかみたいな。

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 僕が1回目の次点を取ったときは13勝5敗で、これは自分のなかではある程度納得のいく成績だったなと思えたんです。ですが、2回目の次点を取ったときは12勝6敗で、これはちょっと微妙な成績ではあるんですね。自分のなかでは、プロになるという覚悟とか気持ちを乗せて戦ったのではなくて最善を尽くすという気持ちで戦った上での12勝6敗の次点だったので。

師匠の言葉で奨励会に残ることを決断

綾崎 初めから次点の可能性があることはおそらくわかってたと思うんですけど、最低でも次点を取りに行くぞという気持ちで向かったわけでもなかったんですね。

佐藤 むしろ次点を取ったら困るなと。取らなかったらもうやることは1つじゃないですか。また次の三段リーグを頑張るという。でも取ったら、どうするか考えないといけない。プロになることが自分にとって大事なことだからこそ、この成績でプロになることが気持ち的にちょっとついていかないみたいなところもあったので、これは結構難しい判断だなと。プロになるという大事なイニシエーションを、あんまり気持ちが乗ってない状態で通過していいものかどうかみたいなところがあって。

 師匠に会ったときに、「どうしたい?」みたいなことを聞かれて。「いや、どっちでもいいです」みたいに答えたんですけど、それはそれで師匠は困るわけですよね。多分師匠は僕に「奨励会に残って戦え」ということを気持ち的には言いたかったと思うんです。でも、本人が奨励会に残ると言うならまだしも、師匠がそれを言うのは、ひとの人生を丸ごとひっくり返すようなことなので、悩んだと思います。

 そのとき師匠は、プロになるとどんないいことがあるかとか、でも三段リーグで揉まれることもかなり力になるという話をしてくれて。師匠のなかでいろいろ考えた結果、僕に三段に留まってほしいという結論になったと。それはおそらく感情的なものも含めてだったとは思いますけれども、師匠は僕に対する最後のアドバイスとして、フリークラスに行かないでほしいと言ってくれて、僕はそれを受け入れて、次点2回によるフリークラス編入という権利を放棄したということですね。