「才能を決めるのは、遺伝なのか、それとも環境なのか」

 エリート棋士の父を持つ京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・千明。二人の“天才”少年は、またたく間に奨励会の階段を駆け上がる。期待を背負い、プロ棋士を目指す彼らに、出生時に取り違えられていたかもしれない疑惑が持ち上がる――。

 そんな将棋×青春のミステリー小説『ぼくらに嘘がひとつだけ』。筆者の綾崎隼さんが、小説執筆のための「公開取材」をnoteイベントにて実施しました。

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 取材相手は、名人を3期務めたこともある、棋士の佐藤天彦九段。小学5年生のときに奨励会に入り、名人にまで上り詰めた佐藤九段に、奨励会時代のお話、三段リーグのお話、ライバル棋士たちのお話など、「将棋を取り巻くドラマ」についてさまざまな角度からうかがいました。

 大いに盛り上がったイベントの様子を、ロングレポートでお届けします。

(まとめ・構成:渡邊敏恵/初出:noteイベント情報

佐藤天彦九段。1988年福岡県生まれ。中田功八段門下。98年に関西奨励会入り。2006年、四段に昇段し、プロ入り。16年、九段に昇段。15年の初挑戦以降、タイトル戦への登場は6回。タイトル獲得は名人3期。クラシック音楽やファッションに造詣が深く「貴族」の愛称を持つ。

2回目の受験で小5のときに奨励会入り

綾崎 いま連載中の『ぼくらに嘘がひとつだけ』は、第1部が女流棋士の話で、第2部が主に奨励会員の男の子たちの話なんです。そこで、奨励会のことを棋士の先生にいろいろお聞きしたいなと思って。奨励会のなかでも有名な出来事を経験されている方が天彦先生だったので、ぜひ天彦さんにお話を聞かせてくださいとお願いをしていたんですが、まさか本当に引き受けていただけるとは。本当にありがとうございます。うれしいです。

佐藤 綾崎さんの『ぼくらに嘘がひとつだけ』と『盤上に君はもういない』を読ませていただきました。

『盤上に君はもういない』は奨励会員の描写がリアリティがあって、どういうふうに取材したらここまで書けるんだろうと驚きました。もちろんそこはプロの作家の想像力もあると思うんですけど、やっぱりさすがだなと。

 構成的にも、それぞれのキャラクターごとに章が立っているので、どの登場人物の視点からでも感情を乗せて読むことができます。単線的に物語が進んでいくというよりかは、1つの事実に対して登場人物ごとに見えているものが違うみたいなことを感じさせてくれる話でもあったので、そういうところをたのしみました。

研修会入りという選択肢は最初からなかった

『ぼくらに嘘がひとつだけ』は、またちょっと趣が違うところはあるとは思うんですけれども、いろいろ構成を練られたり、想像されたり取材されたりして書かれているんだろうなと感じました。文体のリズムも変えられている気がして、その違いもおもしろいというか。

綾崎隼(写真中央)。1981年新潟県生まれ。2009年、第16回電撃小説大賞〈選考委員奨励賞〉を受賞し、メディアワークス文庫より『蒼空時雨』でデビュー。20年、女性プロ棋士を目指す少女たちを描いた『盤上に君はもういない』を刊行。21年には『死にたがりの君に贈る物語』がTikTokを中心に大きな話題となり、第1回「けんご大賞 ベストオブけんご大賞」を受賞。「花鳥風月」シリーズ、「君と時計」シリーズなど著作多数。

綾崎 なんかうれしいですね。それを聞けただけで満たされたみたいな感じになってしまいました。

 さっそくですが、奨励会に入るところからお話をお聞きできたらと思います。天彦さんは福岡のご出身で、奨励会に入って奨励会で戦うためには、遠方から通うということになるじゃないですか。そこがまず1つ大きなハードルだと僕は思っていて。奨励会の下部組織である研修会に入ることはまったく考えなかったんですか?

佐藤 研修会は今でこそ全国6地区にありますが、当時は大阪と東京にしかなかったので、通うとなると旅費は自腹になるなと。研修会は奨励会に入る前の予備機関みたいなところで、そこから奨励会に入る道もあるんですけれど、必ずしも入らなくてもいいところでもあるんです。やっぱりお金がかかるということがあったので、研修会入りという選択肢は最初からなかったですね。