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2022/07/31

 山下事件で追い詰められた法務省は、「検察が独善に陥ることを防ぎ、検察に対する国民の信頼と理解を得る上で大きな意義がある」として、日弁連などが求めてきた検察審査会の強制起訴制度に同意することを表明。検察の起訴独占に事実上終止符を打った。

 ともに暴力団など反社会的勢力と対峙し、市民の安心・安全を担うべき治安機関である警察と検察が、市民そっちのけでいがみ合う。これでは工藤會の封じ込めなどできる訳がなかった。

追い詰められた警察庁

 工藤會の暴走に、日本の治安に責任を持つ警察庁や法務・検察当局は、危機感を強めた。双方の幹部たちが公式、非公式の会議や会合で顔を合わせるたび、工藤會の市民襲撃が話題になった。

 たまりかねた福岡県知事、福岡県公安委員長、福岡市長、北九州市長は2011年4月、連名で、通信傍受の要件を緩和し、取り調べの録音・録画から暴力団犯罪を外すべき、とする要請書を法務省などに提出。2012年1月には、事態を重視した法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員ら約30人が工藤會総裁の野村の豪邸や、工藤會本部事務所を視察した。

 暴力団対策の最前線を担う警察・検察のそれぞれの元締めである警察庁と最高検・法務省。その責任者たちにとって工藤會事件は、いち地方の暴力団の事件ではなくなっていた。

 工藤會が市民襲撃という「禁忌」を軽々と破る特異な暴力団だったとはいえ、その暴走を止められない警察の捜査力について、国民が疑問を抱き始めていた。また、たまに工藤會組員らを起訴しても、無罪判決が目立つ検察も同様に、存在意義を問われていた。

 さらに、不気味だったのは、日本最大の暴力団・山口組(2015年8月末に山口組と神戸山口組に分裂)や住吉会、稲川会など、他の広域指定暴力団が「やりすぎると、暴力団全体に風当たりが強くなる」と迷惑がるそぶりを見せながらも、興味津々で警察・検察当局と工藤會の戦いを見守っていたことだ。

 暴力団というなりわいは、市民が暴力団を畏怖するのが前提となる「恐怖産業」だ。彼らにとって、工藤會の暴走は、体を張って市民社会に「暴力団は怖い」との意識を植え付け、基盤を強化してくれるありがたいデモンストレーションだった。

 もし、警察が工藤會を摘発できなければ、「それなら、俺たちも」と、全国で同じような事件が起きる恐れがある、そうなれば日本の治安は崩壊する――警察庁の首脳らは本気でそう、受け止めたのだ。