デジタル社会は、マニュアルが最上位に位置する自己責任の世界だ。マニュアルを読み込んで自分で手続きする。対面にならない分、楽な側面もあるが、間違っていたら手続きをした側の責任となる場合が多い。だが、命や暮らしに関わる事業を行う公共機関でそうしたことはできない。窓口でどれだけ丁寧に対応し、その人に必要な制度を漏らさないようにするかもポイントになる。
マイナンバーと呼ばれる12桁の個人番号に、その人の情報が全て紐づけられて自動的に集まるシステムなら、必要な制度との組み合わせはある程度簡単かもしれない。だが、そうはなっていない。個人情報保護の観点からだ。「この人の情報が欲しいとなれば、それぞれの行政システムが保有しているデータを取りに行かなければならない仕組みになっているのです」と、デジタル施策に精通した職員が説明する。
しかし、住民の中にはマイナンバーカードの導入で、自分に関する情報は全て統合されていて、手続きはオンラインでの連絡と同時に自動で行われると誤解している人もいるようだ。
だからだろう。市区町村の窓口には「1時間前にオンラインで引っ越しの手続きをした。もう処理が済んでいるはず」と来庁する人がいる。
「転出届はマイナポータルで提出しても自動で処理されるわけではありません。住んでいた自治体の職員が手で作業しないといけないのです。これが終わって初めて、転入届が受けられます。前日の深夜にマイナポータルで申し込んで、翌日の朝に窓口へ来られる人もいるのですが、住んでいた自治体では処理が済んでいません。こうした場合には、その自治体に電話をかけて『もう窓口に来られたので、急いで処理してもらえませんか』と頼みます。春の異動時期には『今日中に処理します』とか、『今日はパンクしていてできません』とかと言われることもあります」(同前)
マイナポータルでは、転出や転入準備の手続きが、まだ処理中か、完了しているかが確認できる。
担当職員が「諦めていること」
政府も「マイナポータルから転出届を提出した後、当日中に転入予定市区町村に来庁する場合」や「来庁予定日よりも前や、マイナポータル上で転出届の処理状況が『完了』になる前等に転入予定市区町村に来庁する場合」は、「転入届の受理にお時間をいただく場合や転入届の受理ができないことがあります」と注意書きをしている。
でも、「そこまで見る人はあまりいないですね」と窓口の担当職員は諦め顔で話す。
こうした事例が発生しているのは、一見簡単そうに見えて、マニュアルを細部まで読まなければ間違ってしまうデジタル社会ならではのことかもしれない。
マニュアルに翻弄されているのは住民だけではない。