6月24日付各紙には、あいの複数の手紙のことが一斉に載った。その1つは、家出当日に萬次郎に出した手紙だが、「これまでのおわびにぜひ尼になります」などといった「詫び状」で、だいぶニュアンスが違う。
もう1通は、萬次郎が依頼した南署刑事が捜索中、偶然あいが明治郎を呼び出す手紙を人力車の「車夫」から入手した。「早速ながらわたしはぜひぜひこんばん名古屋へ行きますが、それに付あなたも行ってもらわねばなりませんから、この車ですぐ来て被下(くだされ)」という書き出し。
これが事実なら、尼になるどころか、あいと明治郎の「不倫」は事実だったことになる。各紙は刑事の行動を「すこぶる探偵小説的に」(大毎)報じたほか、あいと明治郎の消息、親族や関係者の話、一命を取り留めた妻吉の容体などを連日大きく伝えた。
6月25日付大毎は、愛知県の実家にいる明治郎を訪ねてインタビューした記事を掲載した。明治郎はあいとの関係を全面的に否定。あいの行き先についても「知るはずがない」と答えた。しかし、記事は、事件に従事する某係官が「明治郎とあいの私通は、もはや何といっても確かな事実なり」と断言したと書いた。このあたり、何が事実で何がうそか、曖昧模糊として、現在の週刊誌やワイドショーでも大騒ぎしそうだ。
その、あいが大阪地裁に出頭したのは6月26日。明治郎とは別々の帰阪だった。
「事件について申し上げたいことが」各紙こぞって報じた“悪女の出頭”
27日付は大朝、大毎が社会面をほぼ全面つぶして、大阪時事は「附録」のタブロイド版2ページで取り上げた。大毎は出頭時の姿をこう書いている。
「昨朝午前10時ごろ、一見玄人と覚える、年の若い、小粋な女髪をさらりとしたすき髪に結い、木綿紺地中形絣の単衣(裏のない着物)物を素肌にまとい、黒じゅすと友禅の昼夜帯(表と裏で生地が異なる帯)を無造作に引き上げに結び、素足に東(吾妻)下駄(歯の薄い畳表を付けた女性用)を突っかけつつ、1人の男に導かれながら地裁受付に出頭。『私は座古谷あいと申す者ですが、堀江・山梅楼の事件につきまして、御係官の方に申し上げたいことがあって参りました。お取次ぎを願います』と立派に口上を述べて取り次ぎを頼んだ。受付員は、さてこそこれが小萬のおあいかと……」
事件のカギを握る「悪女」登場、といったところか。