3紙とも、予審判事の尋問を終えたあいに接触して話を聞いている。分かりやすい大毎の記事を基にするとーー。
「萬次郎の悪人といったら、とてもお話にならないのです。嫉妬深くって邪険で乱暴で、欲張っていますので、ちょっと気に入らないことがあると、すぐ切るの突くのと無理難題を言いかけるので。ご覧ください。私がちょっと命令に背いたと言って、この通り、キセルで眉間を突かれた傷と、刀で右の小びん(こめかみ付近の髪)を切られた傷が(なるほど、眉間と横びんには深い傷痕がとどめられている)……」
あいの“不倫疑惑”への言い分とは?
以前から嫌で嫌でたまらず、いろいろ一人でできることを考えていた矢先「明さん(明治郎)から営口行きの相談ができましたから……」。2人のほかに山梅楼にいた仲居ら計5人で営口に行くことを決めたという。営口は「満州」(中国東北部)の遼東湾沿いの都市で古くから日本人街があった。以前関係があった将軍を頼って行けば「芸者稼ぎ」ができると考えた。
しかし、家出後、明治郎と相談していたところ、萬次郎が依頼した刑事が探索を進めてきたので断念。名古屋に行って芸妓になろうとしているうち、事件を知ったという。記事は「ことごとく信じることはできないのは言うまでもないが……」と注釈を付けている。
これだけの騒ぎを、芸能の世界も放ってはおかなかった。大毎の同じ社会面の「演藝(芸)だより」には「堀江の六人斬りを狂言に仕組み、また生き人形(生きた人間に似せて作った人形のこと)あるいは講談として演じいるは」として8カ所で行われる出し物を列挙している。商魂たくましいというか……。
7月7日、予審が終結し、萬次郎は謀殺及び殺人未遂で公判に付されることが決定する。