子供の目に、学校という場所はどんな世界に見えているのか。希望に溢れた楽園か、恐ろしく孤独な場所か。ベルギー出身のローラ・ワンデル監督の初長編『Playground/校庭』は、学校という空間で何が起きているのかを1人の少女の視点から描く。その緊張感溢れる描写は話題を呼び、カンヌ国際映画祭では国際批評家連盟賞を受賞した。
7歳のノラは入学したばかりの学校に馴染めず不安な毎日を過ごすが、徐々にその環境に慣れてきた頃、大好きな兄アベルがいじめられる場面に遭遇。ショックを受けた彼女は兄を助けたいと願うが、事態は悪化するばかり。生徒が休み時間を過ごす校庭を主な舞台とし、低い位置に置かれたカメラがノラの姿を追い続けることで、子供たちの力関係が刻一刻と変化していく様がスリリングに映される。
「脚本を書き始めてすぐ、この物語を描くには子供の視線で映すのが最良だと閃いたんです。そうすれば観客は自分をノラの立場と重ねて見るはずだと。音についても同じ。何が起きているかわからないまま、突然耳をつんざくような暴力的な音が聞こえてくる。子供だからこそ見聞きできるものがある一方で、彼らの目や耳には届かないものもたくさんある。ある意味で非常に閉ざされた感覚が重要でした」
校庭や教室での風景以外、家庭での親とのやりとりや職員室での会話は一切映らない。
「映るのはノラに見える風景だけ。小学生の頃、それも1年生という立場は人生で最も特別な時期です。ノラの頭の中は学校で友達とどう付き合うかでいっぱいで、他のことは何も見えていない。その追い詰められるような感覚を、映画を通して大人にも追体験してほしかったんです」
仲間に入れない不安感や痛ましいいじめの様子がリアルに描写される反面、ノラが初めて靴紐を結べるようになった瞬間や、ランチタイムに友達とゲームをして笑い合う幸福な時間も描かれる。
「実はあの場面はアドリブなんです。子供たちには、ここはとてもリラックスした場面だからね、とだけ伝えて自由に遊んでもらうことにしました。そうしたらパンを齧ってはその噛み跡を見せ合い、『これは恐竜の形』なんてふざけ始めたので、私たちは笑いそうになるのを必死でこらえながら撮影していました」
子供の思わぬ行動や反応に驚かされた場面は他にもある。
「アベルがトイレの便器に頭を突っ込まれるシーンがありますよね。見ている側は暴力的で残酷な場面だと感じるでしょうが、実は演じた子たちの反応は真逆で、こんなことをするなんておかしいというようにゲラゲラ笑いながら取り組んでいました。他の場面でも、こちらの心配とは裏腹に軽やかに演じてくれることが多くホッとしました」
暴力的な場面を演じることが子供たちに心理的な影響を与えないか。それは当初からの懸念材料だったという。稽古では子供たちに入念なケアをした他、撮影をする上でも危険を避けようと工夫した。
「いじめの場面は多いものの、実は暴力の行為そのものは画面に一度も映っていません。決定的な瞬間にはいつもカメラを対象から少しずらし、画面の外で暴力が起こっているように設計しました。音による効果も大きいでしょうね。私たちは撮影した映像に様々な音を付け加え、緊迫したシーンを作り出していきました」
つまり観客は、想像のなかで暴力を目撃するのだ。
「私が目指したのは、暴力を前面に出すことではなく、観客の想像力の中でその場面を描くことでした。今では映像で暴力をこれみよがしに見せることが普通になっていますが、それは暴力の凡庸化につながるだけ。観客がそれぞれに想像する形で暴力を映し出すほうがずっと重要で意味があると私は思います」
Laura Wandel/1984年、ベルギー生まれ。短編映画を数本製作後、本作で長編映画デビュー。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され国際批評家連盟賞を受賞。また第94回アカデミー賞国際長編映画賞ショートリストに選出され話題を呼んだ。
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映画『Playground/校庭』
新宿シネマカリテ、シネスイッチ銀座ほか
全国順次公開中
https://playground-movie.com/
