攻めるべきか攻めざるべきか

 出丸までで揖斐城の主要部をほぼ制覇したが、縄張図をみるとまだ他にもいろいろ、気になる遺構がある。三の丸まで引き返し、西の丸曲輪方面へ。

(再掲)揖斐城の縄張図(現地案内板より)

 大手門から大手道は、特に目立った遺構はなし。表玄関に当たるのが大手門、そこへのアプローチが大手道のはずだが……。

 首を傾げながらたどりついた西の丸曲輪。ごくごく一般的な横長の帯曲輪(主要な曲輪の外側にある付属的な曲輪)だ。崖っぷちを見下ろすと、どうも気になる凹みがある。

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西の丸曲輪より。緑の隙間が気になる

 山城では「どこまで攻めて、どこで引き返すか」も大事。特にそれが下り坂の先なら尚更だ。攻めすぎて引き返すのに一苦労したり、無駄に時間を浪費することも。気になって足を伸ばしても大した遺構がなかった、という目には度々あっている。

 行くべきか、行かざるべきか。結局、下ってみることにする。縄張図上の「大手曲輪」にあたる場所まで降りてみると──。

木立の中にズバッと伸びる空堀と土塁

 ここにあったか。隠し砦ならぬ「隠れ遺構」を見つけた時ほど、城巡りでテンションが上がる瞬間はない。

 先ほどの大堀切、深さと幅はそこそこだが、かなり短いものだった。それに比べて、これはどうだ。

 圧巻の規模。落差も長さも申し分ない。しっかりとした堅固な空堀の姿に、やはり大手はこちらだったのだろう、と思い直す。