「日本史リブレット」は、日本史上の多彩なテーマをとりあげて専門家が論じるシリーズである。人名や歴史用語には懇切な注がつき、古文書や絵巻物等の図版も多く、学問の最新成果を分かりやすく伝えるさまざまな工夫が施されている。体裁・価格ともにコンパクトだが、描き出す世界は豊かである。二〇〇一年以来、着実に刊行が続けられ、本書は記念すべき第一〇〇冊にあたる。ただし、これにはおまけがあって、もともとシリーズは全一〇〇冊として企画されたのだが、執筆者の一人が二冊分の量の原稿を書いてしまったために、全一〇一冊となった。そこで本書は一〇一冊のうちの一〇〇番目という、ちょっと愉快な位置づけになるのだそうだ。
さて本題に入ろう。「戦国時代」と呼ばれる期間を、厳密に規定するのは難しいのだが、本書が主題とする「戦国時代の天皇」は、後土御門・後柏原・後奈良・正親町の四代である。後土御門の践祚(せんそ)(天皇の位を継承すること。践祚の後にしかるべき準備をして即位礼を挙行する)は、応仁の乱勃発三年前の寛正五(一四六四)年、正親町の譲位は、豊臣秀吉の関白就任翌年の天正一四(一五八六)年で、その四年後に秀吉は天下統一を達成する。いずれの治世も戦乱に翻弄されたことはまちがいないが、それ以上に特徴的なのは、天皇の歴史の中ではきわめて特異な、終生に渡る在位だ。後土御門・後柏原・後奈良の三天皇が終身在位したほか、正親町も七〇歳の時に、ようやく孫にあたる後陽成天皇への譲位を果たしている。
譲位できなかった理由はもっぱら経済的なもので、譲位後の御所の整備等のために必要な経費を捻出するのが難しかったのである。新天皇誕生後の儀式にしても、大嘗会は二〇〇年以上中絶し、即位礼も践祚から一〇〜二〇年もたってから行われるありさまだった。これまで天皇家のパトロンとして機能していた室町幕府が弱体化したことで、経済的支援が滞り、天皇の身位を再生産する儀式は危機に瀕していた。
逼塞した朝廷においては、廷臣や官人の数も減少して、規模の縮小は必然であった。既成の秩序が崩れていく中で、天皇はさまざまな問題について、自ら調整に乗り出し、裁定を下して、朝廷の存在意義を守ろうとした。著者は一次史料を駆使して、官位の任叙・裁判・所領の維持等に天皇が苦闘した様子を描き出している。とくに天皇自身が筆をとった書状や、身近に仕える女官が天皇の意向を記した「女房奉書」が、図版とともに紹介されている点が興味深い。著者の的確なガイドを得て、読者は天皇の思考や感情を追体験することができる。
明治維新以来はじめての天皇退位が迫っている。天皇・天皇家の歴史を知るために一読をすすめたい。