「降りてきてください……」と祈り続ける
そのうち、タケさんはだんだんとせわしなく頭を振りながら数珠を繰り、体全体を使うようにして祈りを深く深く捧げるよう、経の言葉を発し続けた。とくに「降りてきてください」と「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」の祈りの言葉と、フレーズの最後にあたるであろう箇所では、祭壇にその小さな体そのものを埋(うず)めるように深々と頭を下げ、鈴を大きくたたき、数珠をかき鳴らして祈った。まさに「一心に願い祈る」という表現そのものに感じた。
恐山方式のホトケオロシでは、この仏を呼ぶ前の過程が極めて短いか、あるいはほとんど存在しない。しかし、本来のホトケオロシではこの過程はかなりしっかりしており、魂を呼ぶにも「必ずこの時間内で降りてきてくれる」ということもないという。呼び出したい魂の機嫌や客との間柄によって10分程度と短いこともあれば、長ければ30分から1時間近く呼んでも降りて来てくれないこともある。特に亡くなったばかりの霊や自殺した人の霊を呼ぶ際は時間がかかりやすいそうで、その間、イタコは何度も何度も上記の神と仏の力を借りるフレーズに「降りてきてください……」と祈り続けるのだ。
気づいたら霊が降りてきて、話している状態に
その後、霊が降りた状態では30~45分程度語る。体力がいるのももっともだ。本来であれば1日に多くても3、4度降ろすのが限度で、また1度に複数の霊を降ろすこともできない。恐山では死者が言葉を語る時間を含めて1度の口寄せが10~20分程度であるのは、商業的に数をこなす必要があることの裏返しというわけである。
私の場合は、ホトケを呼ぶ時間は約10分程度と短かった。祖父は私が生まれてくるのをたいへん待ち望んでいたそうだが、そのあたり関係性があるのだろうか。
ただ、特定の時間からはっきりと「霊が降りてきて喋っている」と認識するのはかなり難しかった。イタコの語りは一定のリズムで言葉がある程度のかたまりで分けられるようにして語られるのだが、逆に言えば、すべての言葉が繫がっているようにも聞こえる。霊を呼ばう段階と、霊が降りてきてその言葉を語る段階へ移行する際も語りがシームレスであり、慣れていなければはっきりと気づくことはまずできない。イタコに初めて霊を降ろしてもらった人はみな「気づいたら霊が降りてきて話している状態になっていた」というような感想を抱くそうだが、私もそうだった。
