10代で来日し、日本で家庭を築いたトルコ人のエルバン。愛知県で妻ルナさん、娘アユミさんと暮らしていたが、若い頃に起こした事件を理由に国外退去となった。しかし、どうしても「娘と会いたい」彼が選んだ“苦渋の選択”とは――。
ジャーナリスト・池尾伸一の新刊『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(講談社)より、一部を抜粋・編集してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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「居場所を教えてください」
「なんで手錠までかけるの? 手錠なんかいらんでしょう」。エルバンは叫んだ。その途端、首の後ろに何かしびれるような衝撃を感じ、瞬間に意識を失ってしまった。
次に気づいた時は、入管の護送バスの中だった。手錠をかけられ、両脇には入管職員。エルバンを護送するために、一緒に合計10人ほどの職員が乗っていた。バスは羽田空港に向かっている。
「私も何かおかしいと思いました」。ルナは言う。ルナは自動車部品会社の下請けの工場で働いている。いつも仮放免の更新の時は、ルナは仕事を休んで夫と一緒に行くようにしていたが、この日は仕事が休めず同行できなかった。
いつも仮放免の更新の時は、終わった段階で遅くともお昼までにはエルバンから電話が来るのだ。ところがこの日は午後になっても電話が来ない。エルバンのスマホに電話をかけても通じない。(エルバンの身に何かあったのでは)。いやな予感がしたルナは工場を早退して午後4時ごろ入管に着いた。
「エルバンはどこにいるんですか」
職員に聞くが、職員は「知らないよ」と言うばかり。
「お願いです。エルバンの居場所を教えてください」
ルナは泣いて頼むが、職員は「知らない」と繰り返した。
