エルバンとルナの自宅にも「異変」は起きていた。午後3時ごろ、ルナの母親とアユミがいた自宅に、ワゴン車で乗りつけた3人の入管職員が入ってきた。職員はげた箱やたんすを勝手に開け、エルバンの靴、Tシャツ、歯ブラシなどを手にとると、去って行った。
エルバンに会えないまま自宅に帰ってきたルナは、悲しくて泣き通しだった。アユミも泣き出した。アユミはパパっ子で、エルバンが帰って来るといつも抱っこされていた。寝る時もパパに抱かれて寝ていたのに、今日はいないのだ。ルナとアユミはよく眠れないまま一晩を過ごそうとしていた。
そのころ、エルバンはトルコに向かう飛行機の中にいた。両脇の席には、入管の職員が座っていた。「トルコではどんな食事を食べるの?」「トルコはいま暑い?」。職員が話しかけてくるが、「まったく耳に入ってこんかった」。
「ルナとアユミと引き離されたことがただただ悲しかった」
「おれ、トルコに来てしまった」
14時間近く飛んで、イスタンブールに着いたのは午前6時ごろだった。日本時間ではその日の正午ごろだ。エルバンは空港で解放された。しかし、所持金は3000円だけしかない。持ち物も、携帯電話を返してもらったほかは入管職員に渡された袋の中に、Tシャツと靴、歯ブラシが入っているだけだった。エルバンの自宅から入管職員がとってきたものだった。
何も考えられない。考えられたのは日本の家族の声を聞くことだけだった。
「おれ、トルコに来てしまった」
ルナと、フェイスブックのビデオチャットがつながった途端、エルバンは涙があふれ出してきた。日本では工場の昼休みだ。ルナは、スマホ画面の夫の泣き顔をみて、何が起こったか一瞬で理解した。そして泣いた。