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特集私が令和に語り継ぎたい「平成の名言」

「同情するなら金をくれ!」あのとき貧乏はエンターテインメントだった

「同情するなら金をくれ!」あのとき貧乏はエンターテインメントだった

「家なき子」主人公は、2019年には37歳になる設定だ

2019/05/02
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「飽食日本でまさか餓死する人がいるなんて」

 この少し後の1996年には、東京・池袋のアパートで70代の母親と寝たきりの40代の息子が餓死しているのが見つかり、日本社会に強いインパクトを与えた。餓死事件が頻発している現在と違い、当時は「飽食日本でまさか餓死する人がいるなんて」「餓死なんて初めて聞いた」と人々は驚愕したのだ。ちなみに亡くなった母親は詳細な日記を遺しており、社会的な意味合いがあると考えた豊島区役所は情報公開条例に基づいて日記の全文を公開。出版社2社が相次いで書籍化する騒動にもなった。

〈とうとう、今朝までで、私共は、食事が終った。明日からは、何一つ、口にする物がない、少し丈、お茶の残りがあるが、ただ、お茶丈を毎日、のみつづけられるだろうか〉

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 話を戻すと、「家なき子」にインスパイアされ、1990年代なかばのテレビでは貧乏をテーマにしたドラマやバラエティ番組がいくつも現れた。そのひとつがフジテレビで放送された織田裕二主演のドラマ「お金がない!」。親が残した多額の借金を抱え貧乏だった若者が、ひょんなことから外資系の大手保険会社でのし上がっていくという内容だった。このドラマを手がけた売れっ子プロデューサーの石原隆さん(現在はフジテレビ取締役)は毎日新聞の取材に、こうコメントしている。

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「若者にとって貧乏はリアルなことじゃない。金がないといいながら海外旅行はするし車も持っている。貧乏は絵空事であってウソっぽい記号のひとつになっているのでは。『お金がない!』もゼロから始まる健康的なスゴロクとして見ている」(1994年7月17日朝刊「『貧乏』が受ける  『家なき子』や『お金がない!』…今や笑いの対象に」)

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当時の若者たちは、いま中年期に入って……

 平成6年には貧乏はまるで「絵空事」であり、消費される新鮮なエンターテインメントだったということなのだろう。

 しかしこの平成6年は同時に就職氷河期のさなかであり、本当の貧乏はすでに忍び寄っていた。そこに当時の私たちは気づいていなかったのだ。そして「貧乏はリアルなことじゃない」と言われていたはずの当時の若者たちは、いま中年期に入って「忘れ去られた世代」となり、少なからずの人々が苦難の人生を歩んでいる。

 あれから25年が経った。いまこのセリフを目にすると、当時とはまったく異なる意味合いを持つ名言となって、私たちの前に突きつけてくるように思う。「同情するなら金をくれ!」。

「同情するなら金をくれ!」あのとき貧乏はエンターテインメントだった

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