カップルで棲む“愛の巣”に隠された、驚きの機能
しかしヤハズアナエビは、別に人間に愛想を振りまこうと巣穴の入り口に待機しているわけではありません。海底付近を漂う海草の葉などの食料を得るのがその目的です。
ここでヤハズアナエビが何を食べ、どのように食料を得ているかを説明しましょう。
ヤハズアナエビが待つ巣穴の入り口に、どこからか千切れた海草の葉が流れてきました。するとどうでしょうか。巣穴からヤハズアナエビが素早く飛び出してきて、ハサミで海草の葉をつかむと、さっさと巣穴の中に持ち帰ってしまいました。
巣穴に持ち込まれた海草の葉は、その後ヤハズアナエビによって細切れにされ、巣穴の奥に貯蔵されます。
そして葉の破片が微生物の働きによって適度に分解された時、ヤハズアナエビはそれらを食べます。ヤハズアナエビの巣穴は、彼らの“愛の巣”であるだけでなく、食料貯蔵庫および熟成庫としての機能まで有しているのです。
以前、沖縄本島本部(もとぶ)の海草帯で泳いでいた際、ヤハズアナエビの巣穴を見つけたので、私は彼らと海草を使った綱引きをしてみることにしました。
海草の葉を巣穴の入り口に近づけてみると、やはりヤハズアナエビは勢いよく飛び出してきて、葉の端をつかみ、巣穴へ持ち帰ろうとします。ただし、そうはさせまいと、もう片方の葉の端は私がつかんだままなので、まったく動きません。
ヤハズアナエビも簡単には諦めず、海草の葉は両端から引っ張られ、膠着状態が続きました。そしてしばらくこの綱引きを楽しんだ後、観念した私が手を離すと、海草の葉はひゅるっと吸い込まれるように巣穴の中に消えていきました。
“愛の巣”のなかはどうなっているのか?
なおこのヤハズアナエビの“愛の巣”の中には、本種のカップルのみならず、小型の共生生物がたくさん生息しています。
本種の巣穴の型をX線CTスキャンにかけて、一つの巣穴にどれくらいの共生者が暮らしてしているのかを調べたことがあります。
その結果、巣穴の中にヤハズアナエビ2匹(カップル)に加えて、大きさ2センチメートルほどの二枚貝(アケボノガイ)が4匹、大きさ1センチメートルほどの巻き貝(Phenacolepas sp.)が2匹も居候していました。残念、恋人たちだけの静かな空間、とはなっていないのですね。
ヤハズアナエビの体のサイズからすると、これらの共生生物はなかなかの大きさであり、目立つ存在のはずです。しかし彼らは巣穴から追い出されることはなく、ヤハズアナエビとうまく共存しているようです。
ドイツの研究者がインドネシアで行った研究によると、ヤハズアナエビの巣穴一つに、二枚貝が8匹も共生していた例も報告されています。なかなか賑やかな巣穴のようで……。