地表の7割を占める海底。そのほとんどすべてに穴を掘って暮らすのがゴカイやユムシなどの底生生物である。そして近年まで謎につつまれてきた彼らの生態を「巣穴」を解析することで明らかにしてきたのが著者だ。
世界初となる発見を重ね、文部科学大臣表彰・若手科学者賞を受賞した著者によると、ヒトの夫婦よりもよほど仲睦まじく暮らす「エビ」がいるという――。
※本稿は、清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
われわれ人間の住居には様々なタイプがあります。単身生活者用のワンルームタイプ、大人数の家族の場合は部屋数の多いマンションや一戸建て、という具合です。
そして一つの住居に暮らす人数によって、部屋のタイプは様々です。逆に考えると、「一つの住居」だとしても、その中に住んでいる人数はまちまちだとも言えます。
著書『海底の支配者 底生生物』で紹介した底生生物の巣穴の多くは、巣穴の主が単独で生息しているものでした。その一方で陸上の生態系の場合、アリの巣に代表されるように、家族単位でしかも大多数で一つの巣穴に生息している例が知られています。
では海底の底生生物はいつも“ひとり”で巣穴に暮らしているのでしょうか? もちろん、そうではありません。海底に巣穴を形成する底生生物にも、様々なお家事情があります。
“かわいい甲殻類”ナンバーワン・ヤハズアナエビ
ヤハズアナエビ、という底生生物がいます。本種は熱帯域~亜熱帯域の海草帯の砂底に巣穴を掘って生活している、大きさ5センチメートルほどの甲殻類です。
そして実はこのヤハズアナエビ、一つの巣穴の中に2匹で棲んでいるのです。しかも雌雄のカップルで。彼らの巣穴は文字通り、“愛の巣”と言えるでしょう。
八重山諸島の海草帯をシュノーケリングなどで泳いでいると、巣穴の入り口から顔を出しているヤハズアナエビを見つけることができます。
本種が巣穴の中から外の世界を覗いている様子はとても愛嬌があり、もし世に広く知られることになればかわいい甲殻類ナンバーワンになること間違いなしです。