最低賃金を大幅に下回っている
現在、スタイル社を休職している谷田真弘さん(仮名)が証言する。
「採用面接では月給26万円と告げられ、残業代についての説明はありませんでした。しかし、実際には『26万円のうち、9万1000円は68時間分の固定残業代』として運用されており、68時間を超えた分についても残業代は1円も支払われませんでした。毎日朝8時には調理場で仕込みを始めて、深夜11時までほぼ休みなしに働き、家に着くころにはもう日付が変わっています。オープン当初は4人いた調理スタッフが次第に辞めていき、最終的には私と料理長の2人で回すことになって、文字通り休む暇もありませんでした。多い月には350時間以上働いていましたね。
日本料理店でしっかり修業を積みたいと志を持って入社してきた新卒の子たちは、お給料はメチャクチャ安くて、さらに長時間労働という環境に耐えきれなくてどんどん辞めてしまう。私も彼らから相談を受けて胸が痛みました」
現在、東京都の最低賃金は932円。ところが、谷田さんの時給を計算すると多くても743円と、大幅に最低賃金を下回っているのだ。谷田さんは「事情を知っていれば絶対に入社しませんでした」と断言する。
日本労働弁護団で事務局次長を務める竹村和也弁護士が解説する。
「私も似たような日本料理店の労働訴訟を手がけています。裁判例などで固定残業代自体は違法ではないとされていますが、その要件は厳しく設定されています。にもかかわらず、その要件を満たさない運用がされています。
募集の際にも不正の温床になっています。高卒で『月給26万円』と聞けば高く思えますが、これは固定残業代分を隠して意図的にゲタを履かせたものです。固定残業代を抜いた『基本給16万9000円』ならば、求人の訴求力は働かないでしょう。昨今の人手不足もあり、人を集める手段となっています。
本来、募集・職業紹介のタイミングで『固定残業代を除いた基本給の額』『固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法』『固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨』の明示が法律に基づく指針によって求められています。ところが、入社後になって固定残業代の存在が明らかにされ、『これ以上の残業代は払わない』という違法な運用をされているケースが多くあります。一方、入社してしまった社員はすぐに辞めるわけにもいかず、泣き寝入りせざるを得ない。まさに『入れたもの勝ち』の状況なのです」
いわゆる「求人詐欺」と呼ばれる構造的な問題だ。
「加えて、今回の例では、日本料理業界特有の体質もあるかもしれません。上下関係に厳しい徒弟制度の悪いところが残存していて、『賄いを作るのは労働時間外』といった慣行がまかり通っていることもあります」(同前)
さらに休日制度にも大きな落とし穴があったという。
「面接の際には、月の休みは7日間という説明でした。土曜日は半日出勤で日曜日の4日分、さらに平日休み1日と合わせて7日休みという計算らしいです。しかし、蓋を開けてみると、『半日』といっても8時間ぐらいは働く。それは半休って言えるのか。店舗が休みでも団体予約が入れば出勤になりますし、人手不足の他店舗に応援に駆り出されることもありました。
結局、休みは平均すると4日間ぐらいでした。しかも、その貴重な休みに社長の趣味のマラソン大会への参加を呼びかけられたこともあります。社員たちが10キロ程度走って、その後は社長の自宅、湾岸にあるタワーマンションで焼肉パーティをやっているそうです。私は、さすがに休ませてもらいました」(谷田さん)