昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/05/02

source : 文藝春秋 digital

genre : ニュース, 政治, 社会, 医療, 読書

大阪府などの「病床数逼迫」は何がネックなのか

――人口あたりの病床数が先進国の中でも突出している日本が、どうしてこんなにすぐに医療逼迫に陥るのか、という疑念が国民に広がっている。分科会も繰り返し医療提供体制の整備を提言しているが、何がネックなのか。

尾身 現在緊急事態宣言が出ている大阪府は、数値から見れば緊急事態宣言を発出する水準のステージⅣを通り越して、(実際にはないが)ステージⅤとでもいうほど病床数が逼迫している。

 すでに地元の医療界は頑張っておられますが、そもそも国の影響力が届きにくい民間病院が多いこと、これらの民間病院には比較的小さな病院が多いこと、さらにICUなどを持ち急性期医療を行っている民間病院は少ないことなど、日本には根源的な難しさがあります。

 今の局面は、災害医療と同じように考えるべきです。国はさらに音頭を取って全国的な医療従事者の派遣や、患者の転送などの協力を進めてほしいと思います。

緊急事態宣言が決定された直後に西村大臣とともに会見する尾身氏 ©広野真嗣

――東京都墨田区や長野県の松本医療圏など、基幹病院と支援に回る地域の病院や医師の連携が回っている地域の取り組みも報じられているが、厚労省は、こうした体制づくりのため各地の医師や民間病院に強い指示が出せないものか。

尾身 医師や病院に対して国が強い指導力を発揮する英国のような仕組みとは違い、日本の厚労省というのは公立や民間などさまざまなステークホルダーの意向を尊重する必要があって、上から目線ではいわない。平時はそれも大切ですが、危機の局面ではどうなのか。この機会に考えてみる必要はあります。

――医療提供体制の拡充やワクチン接種準備で、国民が納得するだけの結果を示せないことに国民は苛立ちを感じている。強権的なイメージが強い菅義偉首相だが、結果を示せない理由は?

尾身 それは政治のことだから、私にはわかりません。ただ、総理大臣は、いろいろなことを今、四方のことを考えなければいけない立場にあるんでしょう。そう思います。

©広野真嗣

――欧米諸国と比較した時、同じ私権制約を伴うコロナ対策法制でも、ドイツでは各州の権限で商店や集会施設などが閉鎖され、公共の場で3人以上が集まることが禁止され違反者には罰金が適用される。シンガポールでは公共の場でのマスク着用義務や外食時の人数制限があり、重い違反には約80万円の罰金や禁固刑もある。日本では2月に新型インフルエンザ等対策特措法が改正されたが、規制対象は飲食店など事業者側。それ以上については議論することそのものがタブーになっている。

尾身 それは本質的な問題です。パンデミックの局面では、「個人と社会の健康を守る」という公共の利益の要請と、「個人の自由」という人権の尊重の要請という2つが違う方向を向いていて、ぶつかることもあります。

 日本の法制度が、個人の行動というものには制約をかけない仕組みになっていて、それは日本の国民が選んだ政治家が国会で決めたことです。

 実際、今、多くの人は、罰則がなくとも感染対策に協力してくれています。協力してくれない人も含めて接触を回避してもらう環境づくりとして、百貨店や寄席の休業要請のような、社会全体を止めるような対策をしているということです。

 かくいう私も、できるだけ個人の価値観や自由を尊重する仕組みが日本のような民主国家にはふさわしいと思っている一人です。ただ、今回は、100年に1度くるかどうかの大クライシスですよね。

 こういう有事に、「個人の自由・権利の尊重」と「公共の利益」のバランスについて、我々一般市民がどのような社会を望むのか。

 つまり、感染症に強い社会をどのようにつくっていくのかについて、国民的な議論をする時期にきていると思います。