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サイボウズ・青野慶久社長が語る夫婦別姓訴訟「伝統ってなんでしょう? いま、ちょんまげで歩いている人はいません」

妻の姓を選んだ経営者は、なぜ「選択的夫婦別姓訴訟」を起こすのか

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―― ただ、経営者としての仕事に加えて、ご家庭にはお子さんが3人います。「時は金なり」を体現する日々の中で、あえて今回原告になったのは、どのような判断だったのでしょうか?

 青野 正直こんなに反響が大きいとは予測しなかったので、あまり手間がかかるとは思っていませんでした。ただ、忙殺されている状況も、逆にうれしい悲鳴というか、社会に大きな変化が起こせるんじゃないかという期待感につながっています。

 

―― 本業であるビジネスへの影響はありますか?

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 青野 やはり賛成してない方も世の中にはたくさんいらっしゃるので、「お宅の社長がこんなこと言っているが、一体どうなってるんだ!」といったクレームも頂戴しています。ただ、一方では「感動しました」と賛意を示されるお客さんもいます。いまのところ賛成派のほうが多いですね。

 訴訟は個人で進めていて、いつどうやって公表されるのかもわかっていませんでした。社内でサポートしてくれるメンバーには、「後からの説明でごめんなさい」と頭を下げています。

何も考えずに文化を残すことが「伝統」ではない

―― 青野さんのもとには、いろいろな反論も寄せられています。とりわけ「日本の伝統には夫婦別姓はそぐわない」という声が根強いです。

 青野 ただ、「伝統」ってなんでしょう? 「伝統を守りたい」と言われますけど、いま、ちょんまげで道を歩いている人はいません。先日、「伝統に合わない」と発言した議員さんもスーツを着ていましたが、「伝統を破っているでしょう」と言いたい。あくまでも伝統を重んじるならば「和服しか着ちゃダメ」という極論に行き着いてしまいます。

 結局のところ、世の中はどんどん変わっています。その中で、大事にしたい文化は残るし、「もうこれはいいんじゃないかな」と思うような慣習は変わってゆく。古いものを何も考えずに残そうという惰性が「伝統」ではないのです。

 今回も、訴訟が目指している方向は、夫婦同姓を禁止しようという話ではありません。同姓か別姓かを「選べるようにしよう」という動きです。同姓の文化も残りますし、別姓という新しい文化もできて、その並存こそが次世代の人たちにとっては「伝統」になっていくと思うんです。

 

―― 夫婦別姓を望むのであれば、現行制度でも事実婚によって実質的な夫婦別姓が可能であるという指摘もあります。

 青野 事実婚は法律婚と比べると、不利益がいろいろあります。その最たる例が相続税ですね。せっかく好きな者同士で“結婚”しても、パートナーの資産は相続税がかかります。「それって赤の他人じゃん」と思ってしまいます。我が身を振り返ると、これだけ大変だったら事実婚にする手もあったのかもしれないとも思ってしまいますが、やはり税制上の不利益が大きすぎますね。民法に定められている婚姻をして、きちんと義務と責任を果たしていきたいと考えている2人にとって、事実婚という制度は十分とは言えません。

―― 姓を変えるコストを引き受けたことで、奥さまに対して思うところがあったり、それが原因で夫婦ゲンカになったことはありますか?

 青野 あります、あります。私も自分で考えておきながら覚悟が決まってない。私が悪いんですけど、人間は弱いので、やっぱりどこかで「俺が変えてやったのに」という感情は湧いてきますよね。別姓にしたい人は別姓を選べるようになるだけで、どれだけ世の中の人のストレスが緩和するのかと思います。