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『スター・ウォーズ』の「ミレニアム・ファルコン」研究に人生を捧げた男(前編)

「ミレニアム・ファルコン」はなぜ、こんなにもかっこいいのか?

2018/03/24

何が鷲見さんを、そこまで駆り立てたのか

鷲見 最初は日本製のキットを中心に買い集めていたんですが、当然ながら「ファルコン」には外国製のキットも数多く使われています。海外のネットオークションでそれらを入手したり、僕と同じように「ファルコン」のパーツ解析をしている世界中のマニアとも連絡を取り合って情報交換をしたり。当時のILMのスタジオ写真には、流用のためのプラモデルが並んだ棚が写っているんですが、その棚にあったキットも判明かつ購入できるものは全部買いました。金銭感覚も、ちょっとおかしくなっていましたね(苦笑)。

鷲見氏が自ら購入したキットをILMのモデル工房と同様の状態に並べて撮影した写真。

―― 何が鷲見さんを、そこまで駆り立てたのでしょうか。

鷲見 もちろん、最初は「ファルコン」に対する愛情と情熱です。だけど、途中からはここで一番になりたい、と思うようになりました。何とも子供っぽいのですが、一番になればいつか何かの仕事に結びつくんじゃないかなと。ありがたいことに本当に仕事に繋がりました。

 僕は元々、音楽でお金を稼げるようになりたかったんですけど、技術も才能もなくあきらめた。だけど「ファルコン」をマニアックに突き詰めることで、何か新しい価値を生み出せるんじゃないか、と感じていたんです。

 撮影用モデルの写真も、死ぬほどたくさん撮った。海外の展示会では撮影がOKなので、豪州に合計3回とカナダに1回行きました。いつも貧乏旅行で、朝から晩まで、カロリーメイトをかじりながら展示会場に入り浸っていました。

 キットの開発自体は公式資料で行われるのですが、前段階の資料としては有用でした。

2008年、シドニー

―― それで、全部のパーツを解析できたのでしょうか?

鷲見 15年弱で、だいたいのパーツを特定できました。それでも分からないパーツがあったんですが、バンダイの「PGファルコン」の設計作業中に、見える部分はほぼ完全に近づきました。実は『新たなる希望』に使われた「ファルコン」の撮影用モデルは着陸用の脚は三つだったんですが、次作の『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』で五本脚に改造されている。改造前のモデルはもちろん現存していないし、当時の資料写真でもわずかとはいえ写っていない部分があって、そこはもう調べようがない。

 だけど、当時の写真で確認できるパーツはすべて解析し、「PGファルコン」に反映させています。単に流用パーツだけじゃなくて、その正確な位置関係や、「ファルコン」の「グラマラスでたわわなボディライン」も完璧に再現しました。

展示会で披露されたバンダイの「PGファルコン」

鷲見 バンダイのスタッフのキット開発に賭ける姿勢は、ものすごく真摯で粘り強い。それまで「ファルコン」の解析は孤独な作業で、理解してくれる人もあまりいませんでしたから、まさか「ファルコン」を通じて「同じ釜の飯を食べた」と言えるほどの仲間が出来るとは、思ってもいませんでした。

 これまでネット販売だけだった「PGファルコン」が3月末にはスタンダードバージョンとして一般販売され店頭に並びます。僕が物心ついた頃、模型店の天井近くに憧れの大型キット「サンダーバード秘密基地」が飾ってありました。当時の僕にとっては手の届かない宝物だったのですが、モノづくりの衝動欲求の原点になっています。このスタンダードバージョンも店頭で燦然と輝き、憧れの眼差しを浴びて欲しい。そして、購入する時には抱きかかえてドキドキしながらレジに向かってほしい。

 1/72スケールに凝縮されたキットを手にしてもらえれば、当時のILMの若者たちの、ほとばしる情熱も感じて頂けるのではないでしょうか。

鷲見博 1969年生まれ。「ミレニアム・ファルコン」をはじめとする『スター・ウォーズ』の撮影用モデルや、他のさまざまなSF映画に使われた模型の研究を手がける。バンダイの『スター・ウォーズ』プラモデルシリーズの開発に協力する。

 ますますヒートアップする鷲見氏の「ファルコン」愛。後編では、「ファルコン」の独創的な「左右非対称」デザインが生み出された秘密や、ILMの若者たちの、「ファルコン」にまつわるほろ苦い青春ストーリーが明かされます。

写真=鷲見博
後編に続きます)

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