7時。この記念すべき朝に太陽は僕を照らしてはくれなかった。曇天の下で、僕は沐浴を果たした。ガンジス川では生活排水、工業廃水、動物の糞尿のみならず、火葬場で焼かれた遺体までもがその雄大な流れの一部となる。現地のヒンドゥー教徒からは神聖なる川と崇められているが、免疫力のない観光客には世界で最も汚染された川に他ならない。「足を浸けただけで熱が出る」「全身蕁麻疹になって入院した人がいる」「身体中の毛穴から菌が入って一生下痢になる」。あらゆる恐ろしい噂を耳にした。

 ガートと呼ばれる大きな階段に恐る恐る足を踏み入れていく。一段ずつ水深が深くなっていく。足裏にヌメヌメした感触が伝い、滑りそうになる。慎重に降り、3段目で首元までが浸かった。ヤマモトさんはニヤニヤ楽しそうに笑っている。ミサちゃんはここぞとばかりに一眼レフで写真を撮り始めている。タクヤさんは心配そうに見つめている。

 僕は意を決して、現地の人を真似して天に向かって手を合わせてから頭の先まですっぽり浸かるように潜った。その儀式を3回繰り返して、最後はクロールで向こう岸へ少し泳いでから引き返してきた。潔癖とは綺麗好きと言ってしまえば聞こえはいいが、断絶とも呼べる。自分の殻でもって他者や異文化との接触を拒んでいるのだ。そんな僕が、遠く離れた地で生涯忘れることのできない格別な菌たちにまみれた。川から上がった時、汚れたという感情は一切なかった。むしろ味わったことのない爽快感だけが全身を駆け巡っていた。

ADVERTISEMENT

勇気を振り絞って頭まで潜る。ちょっとでも水を飲んだら大変! 必死に息を止める。

なぜ危険を冒してまで冒険に足を踏み出すのか

 人類はなぜ危険を冒してまで冒険に足を踏み出すのか。僕にはさっぱり理解できなかった。80歳を超えても尚、エベレスト登頂に挑戦する高齢登山家。何度打ち上げに失敗しても月へと飛び立つ宇宙飛行士。死と隣り合わせの水深まで素潜りで辿り着いた世界記録保持者。誰もが周囲の人に多大なる心配をかけ、無事を祈らせ、帰りを待たせた。あらゆる犠牲を払ってまで、「ここではないどこか」を目指す意味はあるのだろうか? 踏みとどまったほうがいいに決まっている。そう考えて生きてきた。彼らとはスケールが違い過ぎて、一緒にするのもおこがましいことは重々承知の上で、今日僕はその答えに少しだけ触れた気がした。

 昔から自分自身のことがよくわからなかった。何が魅力で、何が足りないのか。自分は一体誰なんだろう? と悩んでばかりの人生だった。そして、年を重ねるごとにそれにウンザリしていた。どうすれば人から愛されるのか。どうすれば自分を愛せるのか。その方法も見つからなかった。