人間が自然からどれだけの利益を受け取れるのか
―― 海部さんのご専門は保全生態学ですが、具体的にはどのような学問なのでしょうか。
海部 保全生態学は生態学に立脚していますが、「環境を保全することによって人間が得られる利益を最大化していくための学問」だと考えています。つまり、「かわいそうだから守る」という動物愛護のような考え方ではなくて、人間が自然からどれだけの利益を受け取れるのかという経済的な考え方がバックグラウンドにあります。保全生態学は、長期的なタイムスケールで物事を考えます。長期的に積み重ねられる利益を最大化しようとしたとき、自然は保護する対象になります。
―― ニホンウナギと呼ばれている魚は、日本、中国、台湾、朝鮮半島など、東アジア一帯で獲れるものは同じ種類ですか。
海部 全部ニホンウナギです。遺伝的にも同一の集団で、マリアナ諸島の西方海域で産卵して、その稚魚が海流に乗って東アジア各地にたどり着きます。日本にはオオウナギのような違う種類のウナギも生息していますが、国内では養殖の対象にはなっていません。
―― それでは、ニホンウナギの生態に関する科学的な統計データは、東アジア諸国の間では共有されているのでしょうか。
海部 残念ながら、現在はされていません。ヨーロッパには科学者が集まる公式なパネルが存在しますが、東アジアにはありません。だから早急に作らなければいけない。日中台韓で研究者が集まるプラットフォームを作ることが急務です。
捕獲された個体の98%が放流ウナギ
―― マグロやサンマの漁獲量をめぐる議論も行われていますが、他の魚と比べてもウナギの情報は不透明になっている部分が大きいのでしょうか。
海部 そうですね。情報は限られています。例えば、マグロの場合には、太平洋のクロマグロは漁がなかった場合の2.6%まで減っている、という資源量の計算ができています。だからこそ、漁獲枠や消費量についての議論が成り立つわけですが、ニホンウナギに関してはそれができません。
逆にニホンウナギは増えていると結論づけている論文まであります。ただ、この論文で使っているデータにはいろいろ課題もあるだろうと考えています。最近私たちが出した論文では、一つの県におけるケーススタディではありますが、天然のニホンウナギは減少していました(詳しくは、こちらのプレスリリースを参照のこと)。
河川で捕獲したニホンウナギには、放流された個体が数多く含まれており、それが資源量の解析に影響していることが考えられます。そこで、私たちは、天然遡上のニホンウナギと放流された個体を判別する方法を確立し、天然遡上のニホンウナギの増減を調べました。具体的には、岡山の高梁川、旭川、吉井川という3つの河川と周辺の沿岸部で調査を行いました。ちょうど先日の西日本豪雨で被害の大きかった地域です。すると、放流が行われている淡水域では、捕獲されたほとんどすべての個体、実に98%が放流ウナギでした。かつては大量の天然のウナギが生息していたことが想像されますが、現在はほとんどいなくなってしまったようです。
放流した魚が天然魚を追いやったという状況は考えにくいので、おそらく天然のウナギが河川の中に入れなくなっていると考えられます。海からやってきたシラスウナギが、河口堰とか、取水のための堰、ダムなどによって遡上できなくなっている状況が、最もありうるシナリオと考えています。