「市場評価なし」から「特A」への逆転
それから3年後の10年、日本は全国的にかつてない猛暑に見舞われた。各地で「観測史上初」が続出して、記録ずくめとなった。気温は9月になっても下がらず、米には関東以西で白未熟粒が大量発生した。
米は等級検査を受けなければならない。資格を持つ検査員が、整った形をしているか、虫食いがあるかなどを調べて、1〜3等米に分類する。それ以外は「規格外」とされて、価格がガクンと落ちる。
10年、埼玉県産の一等米比率は24.5パーセントしかなく、規格外が39.9パーセントを占めた。
なかでも人気上昇中だった彩のかがやきは、一等米比率がたったの0.2パーセントだった。規格外は77.3パーセントにものぼり、前年の一等米比率97.8パーセントが嘘のようだった。
一方、育成中の彩のきずなは、高温障害がほとんどなかった。
「彩のかがやきは高温に弱く、穂が出た後の20日間の平均気温が26度になれば、もう白未熟粒が出てしまいます。彩のきずなは28度になっても、まだ大丈夫でした」と荒川部長が解説する。
その後の研究で、さらに驚くべき生態が分かった。彩のきずなは県内で栽培されている他品種(キヌヒカリ)と比べ、葉の温度が一度ほど低かったのだ。秘密は水だった。
植物は根から吸い上げた水を、葉の気孔から蒸散する。あまりに気温が上がって蒸散が激しくなると、気孔を閉じて枯れるのを防ぐ。
ところが、彩のきずなは高温になっても、根からどんどん水を吸い上げて蒸散を止めなかった。水が水蒸気になる時、気化熱を奪うので葉の温度を下げていた。
人間に置き換えれば、きちんと水分補給をして、しっかり汗をかくようなものだ。自分で熱中症対策ができる稲だったのである。
彩のきずなは12年、新品種に登録されて実証栽培が始まった。
その候補地に真っ先に手を挙げたのはJA埼玉ひびきの上里営農経済センター(上里町)の伊藤敏行所長(53)だ。「美味しい米と聞いていましたから」と話す。
実証栽培は中里一(はじめ)さん(70)ら町内の4人が取り組んだ。「前年まで耕作放棄地だったのに、すごくいい米がとれました」。彩のきずなは、生命力にあふれていた。
翌年、同センターに30人ほどが集まり、他県の有名ブランド米などと食べ比べをした。最も高評価だったのは、彩のきずなだ。中里さんも味に惚れ込んで、栽培している田んぼを全て彩のきずなに切り換えた。米に対してこんな気持ちになるのは初めてだった。
というのも埼玉県産米、特に上里町などの県北の米は「まずい」と思い込まれてきたからだ。