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 これには理由がある。埼玉県の米の作付面積は17年、約3万1600ヘクタールと全国18位だった。米どころと言えるだろう。しかし「都市近郊なので、農家が知人に売ったり、業務用として直接販売したりする量が多く、市場にはあまり出回りません。市場の評価が低いのではなく、ないに等しいのです」と荒川部長が説明する。

 かつては美味しい米の産地として知られた。幸手(さって)市で栽培されていた白目(しろめ)は江戸時代の高級品種で、1927年に新宿中村屋が純印度式カリーを発売した頃にも使った。越谷(こしがや)市のモチ米・太郎兵衛糯(もち)は戦前まで東京の菓子店が争って買い求めた。

「でも、他県のようにブランド米を作ってこなかったし、宣伝下手なんでしょうね」と荒川部長は話す。

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 逆転劇は始まっている。

 中里さんは同町の農家ら25人で彩のきずななど4品種を使ったブランド米「かんな清流米」を生産している。上里は関東有数の清流・神流(かんな)川の流域にある。自慢の水を使い、農薬や化学肥料を減らして栽培した中から、食味のいい米を選び、農協の直売所で販売しているのだ。

「かんな清流米」を手に、左から金井さん、中里さん、橋爪さん

 中里さんは「味はどこにも負けない」と力を込める。個人で京都の飲食店などにも出荷しており、「お客さんがどこの米かと尋ねるほど評判だそうです」と顔をほころばせる。

 上里町には種子生産組合(88人)があり、良質な小麦の種子生産で有名だ。同組合は彩のきずなの種子生産も引き受けており、彩のきずなの故郷は上里だとも言える。

 今年2月、県東部で栽培された彩のきずなが、日本穀物検定協会の「米の食味ランキング」で最高ランクの「特A」に入った。県産としては26年ぶりの快挙だった。

 種子生産組合の副組合長で、かんな清流米も作っている橋爪一松さん(68)は「一気に人気が出て直売所に客が押し寄せました。群馬県から買いに来る人もいます」と話す。

 種子生産組合では種として注文があった分以外は食用にしているが、彩のきずなを植えたいという農家が急に増えて、食用にする分まで種として出荷した。「予定より2割ほど多く種にしました」と、種子組合長の金井武司さん(69)は笑う。

 彩のきずなの作付面積は昨年、県内の田んぼの10.8パーセントだったと推定されているが、今年はぐっと増えそうだ。その分、埼玉の米の名誉回復が進んでいる。

 温暖化が進んでも美味しい米を食べたい。体力をつけて気候変動を乗り切りたい。そのための努力が、熱い人々によってなされている。「酷暑の時代」を生き延びる発見と知恵は、やはり「猛暑のまち」にある。