死刑判決後も「刑務官や弁護団に支えられた」と感謝を綴り、素直な一面を見せていた上田美由紀。しかし、肝心の事件について問われると途端に表情を強張らせ、一切の真相を遮断するのだった。そんな彼女が最後に記者へ言い残した“奇妙なメッセージ”とは? ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)
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生前に上田美由紀が残した「手記」
〈留置所は、ただ寝に帰るだけの場所でした。歩いて20歩くらいのところに取り調べ室があるのですが、(警察の)何の? と思うくらい手錠をとってハズしての日々にウンザリもしていましたし、取り調べの最中も腰とイスに紐と手錠が付いていて、苦しくてとてもこれも苦痛でした。
検察での取り調べでは、地下みたいなところから4階くらいまでの階段を、一段一段上がって下りてと、これだけでもしんどいのに、取り調べでしんどく、また、平気でお茶やコーヒーを検察官は取り調べ中に飲んでいるのに、この人たちは何?となってしまいました。一日に何回も上がって下りてと検察ではさせられ、とても苦痛で仕方がなかったのです。
取り調べで黙秘をしている間、私は検察官のネクタイの柄のヘリコプターを数えたりしていました。休日にも検察官が、逆に警察署まで何度も来るのには「うんざり」しましたし、取り調べ中に「あなたのために岡山から来てるんだよ、長期出張で。何か話して?」と何度も言われましたが、「私は呼んでない! 早く岡山に帰ったら……」と口に出しそうに何度もなりました。
