村上作品の感想を書くと、なぜか自分の話ばかりしてしまう
文藝春秋さんから「『一人称単数』の書評をお願いします」と頼まれて、嬉々として引き受けた数分後に、わたしは唸りながら頭を抱えていた。
わたしは4月に刊行された「猫を棄てる 父親について語るとき」で、はじめて村上春樹作品を手にとった。わたしが彼の作品に長く手が伸びなかったのは、亡き父が熱烈なファンであったことに由来するのだけど、長くなるのでここで説明はやめておく。
ともかくその本に深く感動して、単行本を片手にしばらく放心したのち、尻に焼きゴテでも当てられたかのような衝動に突き動かされ、noteで読書感想文を書いた。でも小学校の時にこれを提出したら、「これは読書感想文ではありません」と先生に突き返されそうな気もする。
なぜなら、その読書感想文の7割は、わたしの個人的な話だったからだ。
過去に見落としていたアレとか、何気なく感じていた日常のソレとか、そんなもんを読まされた人からは「知らんがな」と一蹴されてしまいそうなほどに。
以降、わたしは取り憑かれたように村上春樹さんの代表作を一作ずつ読んでいき、「海辺のカフカ」の読書感想文も書いた。物語をしっかりと読み込み、登場人物や舞台となった町を隅々まで調べ、当時の村上春樹さんのインタビュー記事なども掘り起こした。
さあ、いざ!と思って、書き終えた読書感想文は、やっぱりわたしの個人的な話で埋め尽くされていた。なんでやねん。
そう。
わたしは、村上春樹さんの作品を読むと、なぜか自分のことばかり考えてしまうのだ。
走馬灯ばりに記憶が頭を駆け巡り、読後に残るのは「この展開が良かった」や「この登場人物が好き」ではなく、「過去のわたしと同じだ」「あの時、わたしはこう思っていたんだ」という、感想とは別のなにかだけ。
というか、正直、物語の真意みたいなものが、わかってない。
どれくらいわかってないかって言うと「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」はなぜか上巻を2冊持っている。読んだか読んでないか一瞬わからなくなるくらい、展開を掴みきれていない。
読みやすいし、情景も想像しやすいし、笑えるし、随一の作家による素晴らしい文章だ。
でも結局、この物語はなにを伝えたかったのだろうか、とテーマやメッセージみたいなものを言葉にしようとすると、うまくできない。めちゃくちゃ長いし。唐突な展開もあるし。メタファーも、勘のにぶいわたしは説明されないと気づけないし。
ただ、そんなアホのわたしが村上春樹さんの作品を読み終えると、どういうわけか、本が付箋と蛍光ペンで引いたラインでいっぱいになっている。
物語はわからなくても、何気なく書かれている一文や、登場人物が話したセリフが、わたしの心に強烈な嵐を起こして、しばらく静まらない時がある。
救いのような困惑のような嵐が過ぎ去ったことを忘れたくなくて、わたしはあわてて付箋を貼り、ラインを引く。
「一人称単数」を読み終えても、まったく同じことが起きた。読み終えたときに、やっとわたしは、嵐が起きる理由に気がついた。
村上春樹さんの物語をつづる言葉は、わたしが「今まで苦しみ、悩んできたけど、言葉にできないがために、正体のわからないまま放置していたなにか」にピタリと当てはまるからだ。そんな感情を抱いていたことを、言葉を見てはじめて認識したことすらもある。
この気持ちよさったら、もう。
かゆいところに手が届くってレベルじゃない。かゆいところに荷電粒子砲。
感情を言葉にできないっていうのは、猛烈にかゆい。かゆいけど、それが虫刺されなのか肌荒れなのか、身体のどこで起きてるのか、なにもわからない。わからないから、治せない。かゆみを放っておいたら、膿むかもしれない。感情も同じだ。たぶん。
わたしは村上春樹作品を読むたび、自分の中で膿みかけていた感情に、名前をつけることができる。それでわたしは、確実に前を向いたり、ワーワー言うて元気になったりしている。
村上春樹作品には、わたしも知らない、わたしのことが書いてある。これに気づいたとき、わたしは震えた。天才的な読書体験の発見だと思った。ヘウレーカ!
知人へ自慢気に伝えると「ああ、それ、村上春樹さんの作品を読んだ人には多い感想なんだよね。みんなが自分のことを書いてるって思うんだよ」と言われた。
だいぶ前置きが長くなってしまったけど、ふてくされながら「一人称単数」の感想を書こうと思う。ほとんどわたしの話だ。
でもきっと、みんなにとっても、自分の話だと震えるはずだ。
猿が喋ってるけど、たぶん主人公は村上春樹さん
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