第四波「変異ウイルス」の試練

尾身 茂 医師
ニュース 社会 医療
感染拡大は全く新しいフェーズに突入した。この危機にオールジャパンで対処せよ

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私達はいま、3つの問題に直面している。第1の問題は、変異株の流行。第2の問題は、「感染の場」が見えなくなっていること。第3の問題は、年齢を問わず対策が十分でない人々が一部にいたこと。
▶変異株は重症化するのが早いため、医療逼迫に至るのも早い。感染再拡大の予兆をどれだけ早くとらえて先手を打てるかが重要
▶日本の医療制度は平時を想定した仕組みで、感染症で重症患者が一気に増える「有事」を想定していない
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尾身氏

コロナ対策の課題は何か

 4月25日から、東京都、大阪府、京都府、兵庫県が3度目の緊急事態宣言下に入っています。

 2度目の緊急事態宣言を解除してからわずか1か月ですが、感染力が強い英国型の変異株(N501Y)の出現によって、新型コロナウイルス感染症は、新しいフェーズに入ったのです。

 大阪府や兵庫県では非常に早い速度で変異株の感染が拡大し、医療の逼迫が深刻化しています。一般患者の手術を先送りしたり、救急外来を断らざるを得ない状況がある。首都圏でもすでに5割近くが変異株に置き換わり、今後さらにその割合が増えていくことは間違いない。このまま行くと早晩、全国に感染が急拡大する懸念があります。

 とりわけこのウイルスは、人の動きとともに一気に増える特徴があります。ゴールデンウィークを前にして、誰も望んではいませんが、このタイミングでの宣言発令はしかたなかったと思います。

 専門家で構成する私たち分科会(新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会)は、4月23日の会合で政府の対策案を了承し、政府決定となりました。

 ただ会議では「17日間という短期で本当に下げることができるのか」という点に関し、予定時刻を大幅に過ぎても議論が続きました。

 出勤者が大幅に少なくなる大型連休を活用して短期間に、強力に、感染者を減らし医療への負荷を減らすという考え方は、私たちは正しいと考えました。経済へのダメージが少なくて済むからです。

 しかし、17日間で期待された効果が得られるかどうかは別です。国会で問われた際、私は効果を確定できる期間の目安として「3週間以上」と申し上げました。ただ、ならば「5月X日まで延長すればOK」といった対案を示せる科学的根拠があるのかというと、それはありません。

 私は政府に、解除のめやすとして、医療逼迫が解消し、感染者数が緊急事態宣言の水準(4段階で最悪のステージⅣ)を脱しステージⅢの水準になった上で、さらに下方のステージⅡに向かう傾向が安定的に見えて初めて解除が可能になることなど、条件付きの合意であるとし、最終的に「5月11日解除」という結論ありきではない、との約束を取り付けたつもりです。

 しかし決定直後、メディアからは「政策転換説明不十分」(読売・4月24日付)、「1年間何をしていたのか」(同・日経)などと厳しい指摘が目立ちました。読者の皆様も、「一体いつまで我慢すればよいのか?」「政府は何をやっているのか?」という思いを抱えておられる方が多いと思います。

 そこで、コロナ対策の課題は何か、この1年間を振り返っておく必要があると考え、インタビューにお答えすることにしました。

©︎広野真嗣_210423緊急事態宣言が決定された直後に西村大臣とともに会見する尾身氏
 
緊急事態宣言が決定された直後に西村大臣とともに記者会見する尾身会長 ©広野真嗣

変異株で新たなフェーズに

 私達はいま、3つの問題に直面しています。

 第1の問題は、変異株の流行です。

 変異株は、これまでのウイルスとは別の危機だと覚悟して考える必要があります。新たなシナリオを描き直す必要も出てきました。なにしろ、変異株は感染力が強いことに加え、若い人でも重症化しやすい特徴があるからです。

 変異株への置き換わりが80%以上に進んでいる大阪府での解析によれば、3月から4月半ばまでに重症となった人に占める50歳以下の人の割合が約34%、変異株陽性の人に絞ると38%に上ります。変異株への置き換わりが起きる前の第3波の時は18%だったのと比べると、深刻度がわかります。

 当然、一度感染が拡大し始めると、医療逼迫にいたるまでの時間も短くなります。

 大阪府幹部が厚労省アドバイザリーボードに提出した資料によれば、第3波では重症者数が「底」から「ピーク」に達するまでに約3か月かかっていますが、第4波ではわずか24日。増加速度は、実に約3倍です。

 第2の問題は、「感染の場」が見えなくなっていることです。

 今年1月に2度目の緊急事態宣言を出した際、感染拡大の根源となっていたのは「飲食」であることがさまざまなデータから明らかになりました。ここに対策を打つことで比較的短期間で感染を下方に転じさせることができました。

 今回も飲食の場での感染はもちろんありますが、それ以外に職場、学校、カラオケ喫茶、高齢者施設、スポーツの場と、クラスターが多様化しています。そのため、前回のように的を絞った対策を打つことが難しくなっているのです。

 第3の問題は、多くの人が感染対策に協力していただいたことでなんとかここまで来ましたが、日常へ戻りたいという気持ちも働いてか、年齢を問わず対策が十分でない人々が一部にいたことです。

 とりわけ東京都では、「強い対策」が出た4月12日以降も夜間の繁華街の人出はあまり減らず、自治体の呼びかけにも応じてもらえていないことは明らかでした。

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©広野真嗣

人流をいかに抑えるか?

 こうなると、感染を減らす対策としては、人と人の接触を思い切って減らすことしかありません。昨年4月、5月の緊急事態宣言の時を思い出していただくとイメージしやすいのですが、接触を避ければ感染が確実に減るのは、理論的にも経験的にも間違いありません。

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source : 文藝春秋 2021年6月号

genre : ニュース 社会 医療